8.ダメージ
「こんな事になってしまい、本当に申し訳ありません」
村長達が出立の準備をしている間、リリィは謝罪を繰り返していた。
「本当であれば、国を挙げての歓迎式典となるはずが、お出迎えの部隊はなく、村の人たちも、神殿の神託を全然信じていなかったし、ルカスまでも私の事を残念扱いするし……」
最後は俺、関係ないよね?
問題無い、余計な騒ぎになるよりは、この方がいいのだとリリィに説明すると、ようやく落ち着いたらしく、
「そう言っていただけると……あ、私の方も、早馬を出す手配をしてきます。ちょっとお待ち下さい」
そう言って、リリィは村の中心に向かって走り出した。
10分ほど、一人で門の前で待っていたら、村長達3人とリリィが戻ってきた。
「お待たせしました。改めてご挨拶いたします。フェロル村の村長で、マルコと申します。こちらは、リリアナ殿がご滞在されている家の長男ルカスです」
リリィのお婿さん候補かな?
「そして、この村には神殿はないのですが神の社を管理する僧侶のカサル様です」
「カサルです。神殿とは仲が良いとは言えない関係ですが、今回は救世主様のご案内を務めさせていただきます」
禿頭の老人が続いて紹介された。
「それでは出発しましょう! 走ります?」
リリィの言葉は、きっぱりと断った。
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リリィを先頭に、村長、禿頭、俺、ルカスの順で早足で歩く。ミントは結局、俺の腕の中だ。
「村長、今日、この先でスライム2体に襲われました」
「なんだと、こちら側でスライムとは珍しい……」
「1時間以上経っているので、もういないとは思いますが、念のため注意していきましょう」
林に差し掛かったところでリリィは皆に警告を発した。
その言葉に少し引っかかる所があったので、後ろを歩くルカスに聞いてみる。
「スライムと遭遇するのって珍しい事なのか?」
「そうですね。スライムは湿地帯を好みますので、この辺では聞いたことがありません」
胸に抱えたミントが小声で伝えてきた。
「パパさん、ちょっと離れてはいるけど、なんか動いている気配はあるよ」
「そうか……近づいてきたら教えてくれ」
ミントの言葉もあってか、俺は、特に上方を警戒しつつ林の中の道を歩き続ける。
林の切れ目が見え、石畳の階段が見えてきた頃に、それは来た。
「パパさん、後ろ!」
ミントの叫びに後ろを振り返る。
ルカスがキョトンとこちらを見る。その上方から影が落ちてきた。
とっさに振り返った勢いのまま右手を伸ばしルカスの服をつかみ石畳の外へ投げ出す。左手に抱えていたミントが池面に飛び降りる。
ルカスを投げたところで、上から落ちて来た冷たくてブヨブヨしたものが俺の腕に当たった。
「スライムです!」
「パパさん、足元!」
リリィとミントが同時に叫ぶ。
そこには先程よりははるかに小さい50cm程度の楕円のスライムが上下に伸び縮みしていた。咄嗟に足を引き回避する。
「ルカス!」
村長が道から外れたルカスの手を引き、道へ戻し
「急いで聖地の入り口まで! すぐそこです」
禿頭の号令で、そのまま、聖地の入り口まで全力で走りだす。
あんな小さいなスライムでも勝てないものなのか?
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階段まで、ほんの30m程度。
そのまま聖地の階段を数段駆け上がった所でリリィが止まる。
今度は置いて行かれなかった。
「ここならもう大丈夫です。ルカス、怪我は無い?」
「ちょっと擦り剥いたくらいだから、大丈夫。救世主様、命を助けていただき、ありがとうございます」
涙目でお礼を言うルカスに
「大丈夫ですよ。それにあんな小さなスライムに大げさな、少し当たりましたが、ほとんど重さも無かったですし……」
「タナカ様!」
当たった場所を見せようと右腕を上げた瞬間、リリィが右腕に飛びついてきた。
「カサル! ポーションは持っていないか?」
村長が禿老人に声をかける。
「村用の効き目の薄いものしかない!」
「それでいい、救世主様に飲ませろ」
「ああああ、救世主様が、私をかばって……」
ルカスが本格的にうずくまって泣き出す。
自分を取り囲む突然の騒ぎに驚きつつ、リリィが抑えている右腕を見る。
「大丈夫です。タナカ様、大丈夫です」
うわ言の様に繰り返すリリィが抑えている部分。
肘から先の外側の部分を見る。
「う、うわー、なんだじゃこれはーーー!!」
ちょうどスライムが当たった場所。服は破け、中に見える腕の肉の一部に穴が空いていた。
少し白いものが見えるのは骨か? 思わずその間にへたり込む。
「う、腕が……そんなかすっただけなのに……」
「パパさん、しっかり、大丈夫」
こんな状態なのに痛みが全くないのが不思議だ。そのためか、驚きつつも、どこか冷静な自分がいる。リリィの体から出るふんわりとした良い香りに、あんなに汗をかいたはずなのにいい匂いがするなぁ……なんて事を考えていた。
だが、事態はそんな生易しい状態ではなかったらしい。
リリィが悲鳴をあげる。
「カサル様! まだ浸食しています。傷が広がっていく」
「水、水だ!水は無いか? ポーションは1本しか無いから、かける訳にはいかない!」
「あ、水ならあります。リュックに入ってます」
自分の身体の事なのに、現実感が無い。つい呑気な声で答えてしまう。
「ルカス、出して!」
リリィの指示にルカスが、涙を流しならが這い寄り、俺の背中のリュックを弄りペットボトルを出す。
「ど、どうやって開けるんだ? どうやって開けるんだよー」
どうやら回すキャップタイプの蓋は、こちらには無いものだったらしい。ペットボトルなんてあるわけ無いか。どうにかキャップを上げ、ルカスが水を傷口にかける。流れ出る水をぼおっと眺める。
その瞬間……
「い、痛い! 痛い! 痛い!」
腕から初めて激痛が走る。
「我慢してください。スライムが痛みを麻痺させながら溶かしていたんです。痛むのはスライムが水で流せている証拠です」
我慢できるような痛さでは無い。リリィが強く体を押さえつけていなければ、階段から転げ落ちていただろう。
痛みで叫び続ける。
「これを飲んでください」
カサルが口の中に小いさな瓶らしきものを押し込む。ポーションなのか? 飲めば痛みから解放されるのか? 痛みで考えがまとまらないが、必死にビンの中の液体を嚥下する。
「治療効果は薄いですが、痛みはマシになると思います。もう少しだけ我慢してください」
痛みで震えが止まらない。全身に力を入れ痛みを堪えている体をリリィが強く抱きしめてくれる。その身体の温かさだけが、今の自分の頼りだ……
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