11 真っ白な朝(ワタシ)


   ◆◆◆


 快晴。

 真っ白な朝だった。

 街路樹の下を抜けて、マナカがこちらへと歩いてくる。

 「おはよう」という“ワタシ”の声に、マナカが手を振りかえす。

 顔に射した朝日がまぶしかった。

 “ワタシ”は目を細める。

 たった一ヶ月の疎遠そえん

 だけど“ワタシ”には数か月にも感じられた一ヶ月。

 孤独の日々を抜けてようやく見つけたマナカの笑顔に胸があつくなる。

 “ワタシ”はマナカを許そうと決めていた。

 “ワタシ”を疎外そがいから守ってくれなかったマナカ。


 彼女は裏切り者だった。


 でも、もういいのだ。

 何も訊かず、何も責めず、彼女を許す。

 何事も無かったように、一ヶ月前までの仲良しに戻れたら、それでいい。


 「あっついねー」


 手うちわの仕草を見せて、マナカが笑う。

 「だねー」と“ワタシ”も微笑んでみせた。

 お互いにまだ少しぎこちなさが残る笑顔を交わし、肩を並べて歩きだす。

 地下鉄出入口まで少しだけ距離がある。

 混雑を避けて地下鉄三番出入口から少し離れたエンジュの木を、二人の待ち合わせ場所に決めたのは入学式の朝だった。


 「……ごめんね」


 歩きながらマナカが言った。


 「一人にしたりして」


 ちらりと見る。マナカは悪戯いたずらっぽく笑っていた。

 照れや気恥ずかしさが気丈きじょうなマナカにこういう笑い方をさせる。

 マナカによく似合う笑顔だった。

 ううん、と“ワタシ”は首を振る。

 大丈夫。

 気にしないで。

 ぜんぜん平気。

 怒ってないよ。

 “ワタシ”の口から話にも満たない単語がつらつらと並び出た。


 「それに」


 “ワタシ”は一呼吸おいて続ける。


 「わたし──分かるから。そういう人の気持ちとか。辛さとか。だからマナカのこと怒ってないよ」


 言葉を選びながら“ワタシ”は告げた。

 それは“ワタシ”の次にグループから外されたマナカへの、“ワタシ”にできる最大限のなぐさめでもあった。

 “ワタシ”はマナカの肩との距離を少し詰める。

 大丈夫、という親しみの気持ちからだった。

 けれど寄り添おうとしたマナカの肩は、すっと前へ逃げた。

 マナカが少し歩調を速めたのだ。

 背を向けたマナカは、「スミさー」と低いトーンで切り出した。


 「自分だけが分かってる。自分だけが辛さを知ってるって態度やめようよ。自分だけが辛いと思ってる? そういうのって空気で伝わるよ」


 それがみんなの不興を買っているのだと、マナカが言う。

 突然すぎて、意味がよく呑み込めない。

 慰めたつもりが、マナカから返されたのは、容赦ない非難だった。


 “ワタシ”は呆然とした。


 思考が止まる。


 何も考えられなかった。


 だからただ見ていた。


 やわらかな風が吹いてセーラーと赤いリボンが微かに揺れた。

 前を歩くマナカの肩に、ひらひらと花びらが舞い落ちる。

 エンジュの花の、白くて小さな花びらが。

 ひとつ、ふたと、と。

 払ってあげなきゃ、と反射的に手が動いた。

 指先が肩に触れる。

 マナカがぶっきらぼうに言った。

 小さいけれど、鋭く尖った声だった。


 「スミのそういうとこ、あたしは許してるけどさ」



 ──お前が言うなよ。


 “ワタシ”の中で何かがはじけた。

 頭の芯がカッと熱くなって、視界が真っ赤になる。

 だんまりを決め込んだ級友たちの意味深いみしんな忍び笑い。

 一緒になって笑う、マナカの姿。

 辛い記憶が克明こくめいなフィルムのように脳裏を過った。

 ぐっと腕に力がこもる。


 花びらを乗せた細い肩。


 地下鉄の薄暗い階段。


 “ワタシ”を呼ぶ叫び声。


 落ちていく人影──


 ストップモーションのように流れる単色の世界。一連の情景から全ての色と意味が消失していた。


 気が付いた時には階段の最下層に人が倒れていた。


 彼女はうつ伏せに倒れたままぴくりとも動かない。

 足を止めて様子をうかがう人と、面倒事を避けて足早に立ち去る人と、二種類の人の波が転落者を輪のようにとり囲んだ。


 「駅員さん呼んで」


 「救急車、救急車!」


 輪の中から救護を求める声が上がる。

 それでようやく単色の世界に色が戻りはじめた。

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