6 セピア色の教室で
◆◆◆
「あの子、うざくない?」
放課後の教室で誰かが言った。
誰が言いだしたのかは、もう忘れてしまった。誰が、なんて意味はない。ただのきっかけなのだから。それにいつものことだった。
放課後、帰宅までのひととき。
傾きかけた午後の陽光に染まるセピア色の教室で、なんとなく居残った女の子たちが、なんとなく
なんか青春って感じだね、と誰かが笑う。
そういういつもの光景だった。
「あー。わかるー。女子アピール多過ぎだよねー」
うざい、の声に一人が
そうそう、だよね、とみんながポツポツと共感しはじめる。
「あいつカガミ見過ぎだろ」
「自意識過剰」
「誰も見てねーよ、お前のこと」
「しかもやたら上から目線だし」
はじめはおずおずと探り合うように、それから段々と声も笑いも大きくなって、最後は爆笑で弾けた。
まただ、と“ワタシ”は思う。
またはじまったのだ。
少女たちはいつも
罵るべき敵は学校や先生や親。
踏みつけるべき生け贄は級友の誰か。
立ち話を盗み聞く者は自分の悪口を聞くことになる。それはイギリスのことわざだったろうか。陰口を言われる理由、それはその場にいないから。
今「ウザイ」と言われている子も、昨日は同じ談笑の輪の中にいた。今日はたまたま家の用事で早くかえった。ただそれだけだ。
なんとなく居残って、なんとなく談笑しているなんて、嘘だ。みんな自分の陰口を言われるのが怖くて、だから帰るに帰れない。
休み時間、昼食、放課後、SNS…。
何処かしらで開かれる少女たちの
陰口から始ったそれが、あからさまな
陰口の共犯性が少女たちを結束させる。
少女たちの中でより過激でより容赦のない者ほど強い影響力を持ち、まるで恐怖政治を敷く女帝のようになっていくのだ。
暴君であればあるほど少女たちの関係は強化された。
けれど暴君の時代も長くは続かない。言う側と言われる側の境界は曖昧で、常に少女たちは不安と不満を抱えている。
──次は自分の番だろうか?
猜疑心は遅行性の毒のように少女たちの関係を蝕み、腐食した結束は張り詰めた不満によってはじけ飛ぶ。
ひとたび不満が噴き出せば、集団は瞬く間に空中分解してしまう。
そうやって人を変え場所を変えながら、少女たちの小さな世界は崩壊と再生をくりかえす。
一学期に発足したグループが、三学期にはまるで別の構成になっているなんてよくあることだ。毎日のように一緒に過ごした友人同士が、笑う側と笑われる側になることだって珍しくはない。
それは物心ついた頃から続く、少女たちのセオリーだった。
「スミはどう思う?」
ずっと黙っていた“ワタシ”に、誰かが問いかけた。
みんなの視線がいっせいにそそがれる。
自分に何が期待されているのかは、“ワタシ”にも分かっている。
これは踏み絵なのだ。この踏み絵を踏みつけて、彼女たちと共犯にならなくては、この場の誰もが納得しない。
無言の
ましてたしなめるなんてとても怖くて出来なかった。
けれど誰かを悪く言うのは、それと同じくらい怖かった。
何も言いたくはないけれど、何かを言わなくてはいけない。
“ワタシ”はどちらにも行けずに
“ワタシ”は言葉が怖かった。
“ワタシ”は言葉の刃にひどくもろい。
もろ過ぎるから心無い一言は、その行き先が自分であれ他人であれ等しく怖ろしかった。
誰かの陰口を言えば、その誰かと同時に自分自身も深く傷ついてしまう。
だけど──
「……うん」
長い
毒にも薬にもならない。
「なにそれ、どっち?」
ハハハ、と笑いながら誰かが言う。
満面の笑顔が、ほら、お前も早く言えよ、と“ワタシ”に語りかけていた。
「スミはいい子だから」
見かねたように一人が擁護した。
つんとした鼻のなんとなくピクシーみたいな女の子。
マナカだ。
マナカは「ね?」と“ワタシ”に笑いかける。
“ワタシ”もぎこちなく笑いかえした。
その擁護が額面どおりではないことを、“ワタシ”も承知している。
「いい子ぶってる」と、“ワタシ”が陰で
これは暗に含ませた警告。
またみんなに詰られるよ、とマナカは言外で伝えているのだ。
“ワタシ”は泣きそうな気分で笑って、それから俯いた。
“ワタシ”は沈黙を守った。
当然、“ワタシ”の反応は皆の興を削いだ。
場が白ける。
白々しい空気と、
談笑を再開した少女たちの横顔に、“ワタシ”は
“ワタシ”は彼女たちが羨ましかった。
少女らしい残酷さで無邪気に言葉の刃を交え、笑いあえる彼女たちが。
その傷に強く、痛みに鈍い、
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