またの名を あやとり名人すないぱー⑨


◇◇◇


「良いかセイジ。お前は――絶対に、反撃するな」


 ひたと自分を見据えて言いきった悠馬にセイジは不服そうに問い返した。


「何故だ?」

「オレが合図するまで…………少なくとも三分間は、逃げ回るんだ」

「だから、何故だ」

「諸星団長は銀団が裏切る事を確信してる」


 セイジの片眉が吊り上った。目だけで話の先を促す。


「オレもどうも奴等は怪しいと思ってたんだが、さすが、団長達は格が違うな。これが罠だと確信した上で、逆に銀団を罠に嵌めるつもりだ」

「銀団の術策にかかったフリをするという事か?」

「ああ。少なくとも演舞前には把握していたはずの被害報告や、その前後の会話は、全部銀団に情報が漏洩している事を知った上で喋ってたんだ……! ――まあそれはお前に説明すると長くなるから置いとくとして。じゃあ銀団はどうこっちを裏切るつもりなのかってことだけど、普通に考えたら、一軍より戦力の低い二軍に攻撃を仕掛けてくる。つまりオレ達二軍はエサだ」

「ほう。こちらの方が戦力が低いのか」

「当たり前だろ? 団長も副団長も向こうにいるんだぜ?」

「俺さまがいるではないか」

「だから、それがばれたら銀団は食いついてこねぇんだよ。連中を誘い出すには、二軍は弱いと思わせなくちゃいけない。だからお前に初っ端から暴れまわられたらとてつもなく困るんだ」

「それでは、奴等が裏切ったら暴れまわれば良いのだな?」

「まだ早い」


 悠馬がピシャリと静止した。


「ここで迎え撃ったら数の不利になる。形勢逆転は難しい。それで――ある意味これが一番難しいんだけど……オレ達は逃げ出すフリをする」


 そして、苦い口調で、噛み含めるように続ける。


「人数は殆ど残したまま、それでいてもう戦力にはならないと思わせるように、決してわざとだとばれないような自然な流れで、逃げ出さなくちゃならないんだ」


 セイジが呆れ顔で聞き返してきた。


「本当に出来るのか? そんな事が」


 それをうまいことやれというのが、“扇動は頼んだ”という諸星の伝言である。上級生が軒並み真っ先に逃げ出しては怪しまれる。どうしても、下っ端である悠馬が他の団員達の不安を煽り真っ先に背を向けるという汚れ役を引き受けなければならないのだった。


「やれなきゃ多分、後で諸星団長に始末されるだけだな……」


 悠馬は珍しく情けないような顔をして笑った。しかしすぐにその表情を引き締める。


「銀団が二軍を蹴散らした時にまだ時間が余ってれば、間違いなく一軍の横か背後を狙ってくるはずだ。今度は団長達自身がエサになる気なんだ。オレ達は、その間に立て直して逆に銀団を挟み撃ちにするんだよ」


 そして最後に、悠馬はまたまっすぐにセイジを見つめた。


「そこから先がお前の勝負だ。そうなれば必ず、戦況は大逆転する……!」



◇◇◇



 敗走すると見せかけ誘き出しを掛けたセイジ達を追ってきたのは、十二人の銀団員達だった。

 一見、方々に逃げ出しそうになる青団員を銀団員が上手いこと追い込んでいるように見えたが、その実、巧妙に目的の場所へと誘導していたのは二軍の5年生達の方だった。

 その進行方向を見ながら、悠馬は五年生達の目的を把握する。

 最後尾を走っていたセイジと悠馬は、徐々に距離を詰められていくような絶妙のスピードを保ちながら、短く問答した。


「まだか!!」

「あと10m!!」


 10m先には、なだらかに下る傾斜がある。近くで見ればたいした事はない角度だが、遠くから見れば立つ者の姿は見えづらくなる。迎え撃つには絶好のポイントだった。

 セイジ達はその傾斜を滑るように駆け抜けた。

 そして背後の十二人の追っ手が傾斜を下った瞬間、それまでの雰囲気をガラリとかなぐり捨て、彼等に襲い掛かったのだった。


「ふははははっ! 手も足も出せない三分とは、実に長いものだったぞ……!」


 100m間の疾走などものともせずに、セイジが高笑いをあげながらアクション棒を振り回す。


「サバ読みすぎだ……! 精々二分と十秒だ!」

 銀団本隊は思いのほか早く一軍へと向かってくれた。二軍は端から眼中に無いということだろう。こちらとしては非常に動きやすい。


「囲めッ!」


 5年が号令を掛けてその周りを取り囲んだ。二軍の下級生達も平静を取り戻し、セイジや上級生に倣いすかさず構えを作る。

 集団意識とはそういうものだ。上司が不安を見せていたらすぐに下の者に伝染する。一人が逃げ出せば周りも逃げ腰になる。そして上司が自信を持ち堂々とそこに居る姿を見れば、安心し下の者の混乱は収まるのだ。

 そう、すでに混乱は収まっていた。二軍は元通りの秩序を取り戻し、攻撃に転じていた。

 その数、十二対二十四。もはや少数の追っ手など、敵ではなかった。

 あっという間に追っ手を平らげた二軍は、すかさず戦場へと取って返す。そして当初の思惑通り、銀団本体の最後尾に食らいついたのだった。

 小さな混乱はすぐに銀団全体に広がった。陣形とは前は頑丈につくられているが、後ろは無防備という性質を持っている。思わぬ方向から現れた敵に対して、咄嗟に対応する事が出来なかった。

 フォックスが慌ててモニターを確認すると、点数が大きく変動していた。その変動は、追っ手に送り出した3年の全滅を意味したものだった。

 背後の混乱に合わせて前線も乱れ、攻撃の手が緩む。

 その瞬間を狙い、すかさず諸星が声を張り上げた。


「今じゃ! 切り進め!!」


 勝利へと向かう風は、今や完全に青団に向いていた。



◇◇◇


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