またの名を あやとり名人すないぱー⑧


◇◇◇


 『青団14095点  緑団15000点  銀団14520点』


 得点盤とアクション棒が各団員に支給され、巨大モニターに得点が映し出された。


「諸星め。先程言っていた事はやはり真実だったようだな」


 モニターの得点を見つめながら誰ともなしにそう呟いたのは、《銀柳応援団》団長のフォックス=コーン。『銀ぎつね』の異名を持つ男だった。

 銀団は緑団からは近い位置、青団からは離れた位置に布陣を敷いている。青団も似たような布陣なので、三つの団は上から見ると緑団を頂点とした、底辺の広い二等辺三角形のような形に見える。

 青団に同盟を申し込んだフォックスだが、彼の性質は慎重であることで有名だった。その為諸星から同盟を受けるという返事を聞いても、すぐには信用しなかった。

 証拠として持たせたハチマキには、小型の集音機を縫い込んでおいた。あわよくば作戦内容から戦力の配置まで情報を全て手に入れてやろうかと思っての事だったが、諸星はなにやら妙な事を気にして送り返してきた。

 万が一ことが明るみに出た時に、自分達と裏で繋がっていた証拠を残しておきたくないという。不正義を働いていたという事を《青龍》の一般生徒達に知られるのを恐れているのだろう。自分が言うのもなんだが、慎重なことだと思った。

 その集音機に入っていた団長諸星と副団長陣内の会話では、青団の点数はまさしくこの通りだった。つまり点数以外……団員の人数の情報も正しいということになる。

 フォックスには諸星の考えが手に取るように理解できていた。

 緑団と青団との点数差はすでに1000点。それに加えて前夜祭での被害が尾を引いて頭数はあっても戦力にならない団員が何人も居るという。まともに他の二団を敵として戦うよりも、自分達と手を組んだ方がリスクは小さいと考えたのだろう。

 そこまで来て、やっとフォックスは諸星が同盟を受けたのは本当の事だろうと判断したのだった。

 信用した訳ではない。しかし、相手の胸の裡を知っているのといないのとでは、戦況の読み方が大きく違ってくるのだ。

 そう。三つの団が織り交ざって繰り広げるこの合戦は、もはやただの肉弾戦ではない。

 機を読み策を立て一つの采配で勝敗が別する、高度な心理戦と化しているのだ。


 ――他の団長共は、果たしてどこまでその事実に気がついているものかな。


 六つの団の間で様々な思惑が複雑に絡み合う中、合戦の第一試合の開始を告げる花火が、空に打ち上がった。



◇◇◇



 ワァァァァァァァァァッ!!



 団員達が鬨の声を上げながら、一斉に駆け出した。

 始めにぶつかったのは、二つの団の目と鼻の先に陣取っていた緑団だった。

 この時点で最も保有戦力の多い緑団だったが、二箇所から同時に攻撃されたのではひとたまりもない。開始から三十秒程でじわじわと持ち点が減りだした。

 一方、やや遅れる形で衝突したのが銀団と青団の別勢力である。

 こちらは力が拮抗しているようで、どちらも優勢とは言いがたい。

 『青団13700点  緑団12940点  銀団13825点』

 開始から一分三十秒。

 銀団と緑団の点差が800点に開いた時だった。

 フィールドに鋭く短い指笛の音が響いた。その瞬間、呼応するようにあちこちで指笛が飛び交い、緑団と対峙していた銀団員達が動き出した。

 進路は、やや離れた位置で戦う銀団と青団の軍勢。

 それまでお互い押しつ押されつしていた所に銀団の大群が押し寄せ、戦況は一変した。


「やはり裏切ったか、あの狐め!」


 諸星が盛大な舌打ちを漏らす。

 増援をしたくても、こちらは敵が減ったのをいい事に緑団が決死の巻き返しを図りに来ている。今背を向けたら折角ここまで追い詰めた意味が無くなる。

 諸星率いる一軍は、動かなかった。

 そして諸星がそう判断する事を、フォックスは確信していたのだった。

 青団は一見戦力を均等に二つに分散させているように見えたが、本命は確実に緑団と戦う一軍である。

 これまでに集めた情報で、相手の団員達の学年と顔は全て把握している。

 青団の二軍には1年が多い。そして4年がいない。5年は二人いるが、団長と副団長がどちらも一軍にいる。普通は戦力を大きく分散させるならば指揮系統も両方に置くはずだ。

 フォックスは合戦が開始されてからも、それらを慎重に見極めていたのだった。


 ――諸星はこちらの仲間を見捨てたようだな……。


 もしかしたら始めから銀団が裏切る事を予想し二軍を切り捨てるつもりだったのかもしれないが、それはこちらも十分に予測済みだった。

 フォックスは1年ばかりの二軍になど興味は無い。そちらを狙うと見せかけて、争う緑団と青団の無防備な横っ腹を同時に突くのが目的である。


「こっ……これ以上点を渡すな! 一旦下がるんだっ! 距離をとれ!」


 憔悴の入り混じった声に煽られて、青団の二軍が浮き足立ち、散り散りに走り出した。これでは撤退とは言わない。敗走だ。

 団員の大多数はまだ生き残っていたが、戦意が無い以上物の数ではなかった。戦とは、単純な兵の数ではなく勢いに乗った方が勝利を掴む。士気の高さが物を言うのだ。

 向こうよりたった半数の数の3年生を追撃に当て、フォックスは再び軍勢の頭首を返した。

 この時すでに兵力の半数近くを失っていた緑団は仰天した。これ以上点数を失っては確実に最下位に転落することとなる。守りに重点を置く陣形となった。

 逆に果敢にも攻めてきたのが青団である。諸星らしいといえばらしいが、しかし、襲い掛かった銀団が四十七人なのに対して、迎え撃つ青団は三十五人である。恐れるものは何も無かった。


「敵の残り勢力は半分だ! かかれ―――!!」


このまま勢いに乗って諸星ごと青団を飲み込んでくれようと、フォックスが自団の軍勢を大いに鼓舞する。




 後方で小さな混乱が起こったのは、その時だった。



◇◇◇


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