戦いは ここから始まる前夜祭⑧
◇◇◇
らん丸とボウズ君のコンビが最後の一人を見事撃退した頃、建物の影にじっと潜んだ悠馬は思案を巡らせているところだった。
――紫団が〈ネコミミ〉、白団が〈バリカン〉、銀団が〈変声器〉……まだ判ってないのは赤と緑か。この二団にも注意しねぇとな――
〈ネコミミ〉軍団に追われていた悠馬はただ必死に逃走し続けたらん丸とは違い、ある程度追っ手を引き離したところで手近に停めてあった自転車を横手の茂みに投げ込んだ。自転車はなかなか激しい音を立てて茂みの中に落下する。そうして第六エリア方面に注意を向けておいて自身は建物の暗がりへ身を潜めたのである。追っ手達は悠馬が第六エリアに逃げ込んだものと思い込み、予想通り森の中へと分け入っていった。
置いてあった自転車には悪いことをしたが、あんなところに放置しているのが悪いということで勘弁してもらおう。
周囲に神経を配りながらしばらくはその場でじっとしていたが、そのうち完全に危険が去ったと判断した悠馬は、立ち上がって来た道を戻るように歩き出したのだった。
こういった状況でも冷静に対処できるあたりが、悠馬と他の二人との違いである。
そんな悠馬がふと足を止めたのは、〈ネコミミ〉軍団を巻いてしばらく経ってからのことだった。
『……!………っ!』
風に乗って、どこからか緊迫した声が聞こえてくる。声の質から言うと、どうやら何人かの人間が争っているようだ。
二度目には、もっとはっきり聞こえた。
『……白団が……くそ……!』
『…団長だけでも…っ……』
――白団?
悠馬の表情がわずかに反応する。
声の主が誰だかは分からない。応援団は六つもあるのだ。自分達の仲間でないことは大いにあり得る。それに、おそらく白団の連中だろう敵の数もこれでは把握できない。
しかし、一応様子を確認しておいた方がいいと悠馬は判断した。襲われているのが味方なら助けた方がいいのはもちろんだが、相手が白団であるならば自分の〈着色弾〉が有効である。場合によってはちょっと引っ掻き回してみるのも考えだった。
声のしている方に足を向けあくまで慎重に歩き出した悠馬だったが、近づいていくうちに疑問を持ち始めた。進行方向から一向に争っている音が聞こえてこないのだ。何種類もの人間の声だけが断続的に続いている。これは何かおかしい。
声は校舎沿いに伸びる通学路の一つから聞こえてきていた。
悠馬が用心しながら物陰から通学路を伺う。奇妙なことに、通学路には白団どころか人影一つなかった。
――これは……。
悠馬の考えが確信に変わる。
そのとき広場に誰かが飛び込んできた。
「おうおうっ、加勢に来たぜ!」
白団の少年だった。やはり同じようにあの声を聞きつけ、駆けつけてきたらしい。
その瞬間、謎の声は完全に掻き消えていた。
「あん? 一体、どうなってんだ?」
少年も訳が分からず立ちつくしている。
やはりこれは、銀団の罠だったようだ。声を聞きつけた敵同士が出くわすようにしむけようとしたのだろう。あの白団員は銀団が〈変声器〉を使うことを知らないらしい。
……いや。
それよりも。
そんなことよりも。
白団の少年の声が耳に届いた瞬間、悠馬は素早く広場に飛び出していた。
「てめぇ、“わ組”のトシヤだな!?」
人の上で馬鹿高笑いを上げたあの声、間違えるわけがない。悠馬の予想通り、目の前の少年の正体はあの時の《白神応援団》団員、トシヤであった。
トシヤは悠馬の出現に驚いた顔を向けたが、すぐに心得たように小さく吐息を漏らすとゆっくりと頭を振った。
「まいったな……」
「?」
何を言い出すかと思いきや、トシヤは気障な仕草で前髪を軽く掻き撫でる。
「今ちょっと立て込んでるんだ。悪いけど、サインとかならまた今度にしてくれよ。握手くらいならしてやってもいいけど」
なんだか多大な誤解をしているようだ。
よく見るとトシヤは暗闇でもはっきりと判る程整った顔立ちをしていた。
邪魔にならない程度に額に掛かる明るい茶髪に、くっきりとした二重の目。すらりとした長身は悠馬と同様足の長いモデル体形。悠馬も相当の美形だが、彼のさわやかスポーツマン風の精悍な顔立ちはいっそイケメンという言葉の方が似合うだろう。
実際ミーハーな女子達に騒がれることは日常茶飯事のようで、その目は絶大な自信に満ちている。
それにしても、昨日の今日で自分が下敷きにした相手の顔をすっかり忘れてしまうとはたいしたものである。もしかしたら悠馬を踏み台にした事にすら気づいていないのかもしれない。
「てめぇのファンサービスなんかに興味はねぇよ。トシヤ、オレはてめぇに借りを返しに来たんだ」
刺すような目で悠馬が言うと、トシヤはとたんに気分が冷めたようだ。
「ふぅん、借りね……。あんた、誰だったっけ?」
「1年“は組”の悠馬だ」
「“は組”?」
トシヤがはじめて怪訝そうな顔をする。
「へぇぇ。“は組”ってーと、昨日いきなり三人応援団に入った奴がいるってきいたけど、あんたがそれか」
「その三人ともが教室にいない間に、てめぇはずいぶん好き勝手してたらしいな」
「なんだ。やけに手ごたえがないと思ったら、あんときは全員お留守にしてたワケか? つっても、直前に数合わせで入ってきたような奴らが何人いても結果は変わんなかっただろーけどな」
「数合わせ?」
「そうだろ? じゃなきゃとっくに援団に入れてもらってたはずじゃねーか。どうせあんたら元予選落ちの補欠組かなんかなんだろ。ご苦労様なこった」
あたりまえだが、セイジの元に以前応援団からスカウトが来ていたことをトシヤは知らない。トシヤの言うようにもしあの場にセイジがいたとしたら、トシヤはその時点できっと、その自信ごと木っ端微塵に粉砕されていただろう。
幸運なことにそんな事情を知らないトシヤは、余裕たっぷりの口調で問いかけた。
「んで、あんたはこのオレにどんな仕返しをしてくれるって?」
「そうだな。とりあえず――てめぇの、その鼻っ面を、地面に叩きつける」
昨日自分の顔を床に叩きつけられた悠馬はにっこりと感情の一切こもっていない微笑を浮かべる。はっきり言ってそれを実行するためだけに悠馬は応援団に入ったのだ。応援団であれば敵対している相手に何をしようと立派に大義名分が立つ。同じく応援団に入り調子に乗っているトシヤに対しての意趣返しでもあった。
「俺の顔を? 馬鹿言うなよ」
悠馬自身は至って本気なのだが、トシヤはそれを軽く笑い飛ばす。
「あんたさ、本気でこの顔に傷つけてもいいと思ってんの? 全国一万人の女達が俺のために泣き出すぜ」
過剰な程の自信家ぶりだ。
こういった性格の人間は、悠馬はたとえ敵対していなかったとしても好きにはなれない。セイジもやたらと根拠のない自信を持っているが、あれはただ偉ぶっているだけなのでまた別だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます