戦いは ここから始まる前夜祭⑦
『自転車置き場の陰にまだ二人いるぞ!』
ぎくぎくぅっ!
らん丸とボウズ君が揃って硬直する。
「ほんとかっ!? ……って、あれ。今の声、誰のだ?」
キョロキョロと不思議そうに辺りを見渡した赤団員だったが、声の主は分からなかった。恐らくまた銀団員がどこからか声を飛ばしたのだろう。その事を不審に思った赤団員達は四人で集まってどうするかの相談をし始めてしまう。
今後の身の立てようを考えなければならないのは、赤団員達ばかりではなかった。
同じく自転車置き場の陰でも、顔色をなくした二人が相談を始めていたのだった。
「まずい、まずいよこの状況!」
「このままだと今にあいつらやってくるぜ!?」
「おれもそ~思う……!」
――ど、どうしよう……? こんな時、リーダぁや悠馬ならどうしただろう? ……やっぱリーダぁなら、敵の只中へ飛び込んでいくんだろうな。悠馬だったら色々とうまいこと考えて立ち回りそうだし……
意識をあの二人へと向けてみると、自然とらん丸の思考は落ち着きを取り戻していく。
――大体二人とも別の意味でまともじゃないんだよね。入学早々2年生に喧嘩売ってたし。ある意味敵無しというか、いいコンビというか……今考えるとおれがあの二人の仲間って事がすごく不思議に思えるなぁ。おれちゃんと役に立ててるのかなぁ……? リーダぁがおれを気に入ったのってなんか『手品ができるから』だったような気がするんだけど……。
思わず苦笑を漏らすらん丸を見て、ボウズ君が半分呆れた様な表情になる。
「おい、こんな時に何ニヤけてんだ? あんた」
その言葉でらん丸ははっと今の状況を思い出した。
「……そうだった」
「そ~だろそ~だろ? 今はどうやってこっから逃げるかを……」
「これがあったんだ……」
「へ?」
「得意分野だよ、得意分野! 普段使ってるのと違うから思いつかなかったけど、これなら多分おんなじように使える!」
「な、何の話だ?」
「よぉ~しおれ、行って来る!」
一人で勝手に盛り上がっているらん丸に困惑した視線を送るボウズ君。しかしらん丸が自転車置き場の端までひっそりと歩いていき、身を乗り出して〈着色弾〉を構えるのを見ると慌ててそれを止めに入った。
「おい無茶だって! 適当に撃ったってここから届く訳ねえだろ!?」
赤団員達からこちらまで、軽く10メートルは離れている。おまけにこの薄暗さだ。まぐれで一、二発当たったとしても、こちらの居場所を相手に知られてしまうのがオチだ。
しかしボウズ君の必死の制止よりも一瞬早く、らん丸は〈着色弾〉を発射してしまっていた。
どたんっ!
重い音を立てて発射された〈着色弾〉が、逆さ吊りになっていた紫団員の顔面に命中した。驚いたのは紫団員だ。うぎゃあっと悲鳴を上げて突然暴れだした紫団員に赤団員達が注意を向ける。
その瞬間、らん丸が飛び出した。
気配に気がついた赤団員達が振り返るが、らん丸が〈着色弾〉を構える方が早かった。
どたんっ! どたたんっ!
放たれた三発の弾は見事三人の顔面に命中する。
「やった!」
物陰で思わずボウズ君が声を上げた。ついで慌てて口元を押さえる。
しかしその時、らん丸の右足に何かが巻きついたかと思うと、あっという間に体が空中に引っ張りあげられていた。
「うわわわっ!?」
弾みで持っていた〈着色弾〉を地面に取り落としてしまう。
この肝心な時に、赤団の罠に掛かってしまったのだ。
すっかり身動きの取れなくなってしまったらん丸だったが、顔を青く染め上げられた当の赤団員達の怒りは、それで収まりはしなかった。
「罠にかかったぞ!」
「んにゃろう……! 生意気な真似しやがって!!」
「覚悟しろ、このガキ!」
目に怒りの炎を燃やして宙吊りとなったらん丸に飛び掛かる。
物陰のボウズ君も絶望的だった。やはり自分達だけでは無理だったのだ。このまま自分もろとも赤団員達に制裁を加えられてしまうに違いない。
しかし、この直後に状況は一変したのだった。
「わ~っ! まってまって!」
慌てて上半身を持ち上げて右足のロープにしがみつくらん丸。かと思ったらするりとロープが解け、すちゃっと両手を付いて地面に着地した。
「な、なにぃ……!?」
いきなり目の前の標的がいなくなってしまった赤団員達は勢いあまって大きくたたらを踏む。
「あっバカッ!」
残った赤団員の一人がとっさに叫ぶが、遅かった。足元の地面が崩れ落ち、文字通り真っ青な顔の三人は落とし穴のひとつへ絡み合うように落ちていったのだった。
『ぎゃあああああああああああっっ……!!』
穴の底から断末魔の悲鳴が上がった。
「お……っ俺はミミズが嫌いなんだぁぁ~~っ! 出してくれ~~~!!」
「ひぃぃぃ気持ち悪いぃぃぃ! 誰だこんな物敷き詰めた奴!!」
「うおおおっ。服の……服の中で奴等が蠢いているぅぅ!」
ぎゃあひい騒がしい穴の中がどうなっているのかは分からないが、とことんおぞましい光景に出くわしてしまいそうでらん丸はとても覗いてみる気にはなれなかった。一歩間違えていたら自分があの中に落ちていたかもしれないのだ。
「クソッ! 仕掛けが緩かったか!」
地上にただ一人残った赤団員が地団太踏んだが、それはちょっと違った。
らん丸にとって縄抜けは幼い頃から仕込まれてきた手品の中でも、基礎中の基礎だったのである。
とにかく、赤団員の三人が揃っていなくなってくれたのは幸運だった。
――あと一人!!
らん丸がすかさず〈着色弾〉を拾い、構える。地上にただ一人残った赤団員も今の状況に気がつき、うろたえる。
しかし、引き金を引いた瞬間耳に届いたのは、カチッという乾いた小さな音だった。
「……あれ?」
らん丸の額を冷や汗が流れた。始め銀団員に一発、紫団員に一発、赤団員達に三発……いつの間にか、五発すべてを使い切っていたのだ。
代えの弾はポケットに入っていたが、今これを取り出すわけにはいかない。ここで銃を下ろしたら赤団員に隙を与えることになってしまう。
構えを解くこともできずに、らん丸は銃口を敵に向け続けるしかなかった。赤団員はらん丸が仕掛けてこないことを不審に感じ始めている。見抜かれるのも時間の問題であった。
絶体絶命だ。
赤団員との睨み合いを続ける中、らん丸は心の底から天に祈っていた。
――リーダぁ、助けて――!!
……どかっ!
その時、突然赤団員の背中が何者かに蹴り飛ばされた。
「うおおっ!?」
全く予想外の方向から攻撃を受け、大きくつんのめる赤団員。そのお尻が再び蹴りつけられる。たまらず赤団員が転げ落ちた先は、先に紫団員達が落とされたあの大穴だった。
「あっ。赤のヤローが落ちてきやがったぞ!」
「みんな、やっちまえ!」
「あああ~っ、ネコミミはやめて~!」
穴の中がにわかに活気づく。そして、呆然と立ち尽くすらん丸にニカッと笑いかけたのは、自転車置き場に隠れていたはずのボウズ君だった。
「へへっ。オイラを忘れてもらっちゃ困るな」
本気で忘れていた。
彼はこれでも応援団に入団する程の人物だったのだ。
そんな決まりの悪さと、脱帽の意を示して、らん丸はぎこちなくボウズ君に笑い返したのだった。
◇◇◇
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