戦いは ここから始まる前夜祭⑨
トシヤは悠馬の姿を簡単に眺め回すとふぅんと相槌を打った。
「悠馬っつったけ? あんたも顔の方はそこそこ良いみたいだな。だけど、所詮一般人のあんたと俺とじゃ次元が違うんだよね」
いったい何言ってるんだこいつは。という悠馬の視線に気がついたのだろう。トシヤが口元に勝ち誇った笑みを浮かべる。
「腰抜かすなよ? 俺の本名は土方俊哉っていうんだ」
「ふうん?」
いきなり自分の名前を明かしだすトシヤの意図が分からないので、適当に相槌を打つ悠馬。
あくひろ学園では生徒の安全面を考慮し、入学手続きの際に学籍名を本名とは別に作ることができる。早い話が偽名であるが、中には毛利らん丸のようにまったく気にせずフルネームを使っている者もいる。悠馬やセイジも身元を隠すという意味で、学校では苗字を隠していた。
「そして俺の姉貴の名前は土方涼子だ! まさか知らないだなんていうなよ?」
悠馬が目を見開き、驚きを表す。トシヤが出した名前が、それこそ悠馬も知っているものだったからだ。
女性雑誌のモデルとして芸能界入りし、バラエティやCMで近頃見かけないことはない程の人気タレントである。
なるほど。トシヤがこれほどまでに自分に自信を持っている理由は、これだったのだ。有名人の家族や親しい者達は周りからも注目が集まり、自分に対する相手の接し方が変わることを、悠馬は経験から知っている。
「そんじゃお返しに、今度はオレの親父の名前教えてやろーか?」
悠馬の予想外の切り返しに、トシヤがわずかに反応を示した。
「何だよ。まさかお前の親父もモデルだなんて言うんじゃねーだろうな」
憎まれ口を叩くトシヤには答えず、悠馬はその名を口にした。
「坂本出雲――まさか、知らないだなんていうなよ?」
悠馬が相手の口調を真似て出した名前に対し、トシヤの表情が凍りつく。
悠馬の父、坂本出雲は現在47歳。実力派の俳優としてハリウッドにも幾度も出演、数々の賞を受賞する大有名人だ。
幼い時から『有名人の息子』として育ってきた悠馬は、常に自分もその事を意識して振舞ってきた。あくひろ学園に入ってからは自分の事を知る者がいなくなり、自分もあえて本名を隠し知られないようにしていたが、トシヤのように自分だけが特別だと思っている人間に対しては別だ。その根拠のない自信を、無性に吹き飛ばしてやりたくなる。
しかしトシヤの方もさすが自信家ぶりなだけの事はあった。今の一撃には大打撃を与えられたものの、まだすばやく立ち直るだけの気力を持っていた。
「ハン。まさかそっちも芸能人の関係者だったとはな……。だけどな、俺はそれだけじゃないぜ。昔は母親も名の知れたアイドルだったんだからな」
芸能人の子供が芸能人を目指すのも、この業界ではよくある話である。
しかし彼は、動揺のために重要な事を忘れていた。
「いちおー言っとくけど、オレの母親は現役の女優だぜ?」
トシヤがうっと言葉に詰まる。俳優坂本出雲と女優の
・・・ゴロ・・・ゴロ・・・ゴロ・・・
二人の頭上に暗雲が立ち込め、不穏な空気が漂い始める。
「昔はオレも子役としてよくテレビに出てたな。特に面白くないからやめたけど」
悠馬が不敵に笑って言えば、
「俺だって去年から時たま雑誌モデルに出てるぜ。今現在もな」
トシヤも負けじと言い返す。
「……姉ちゃんのオマケだろ? それともただの読者モデルとでも間違えてんのか?」
「あんたの方こそ親の七光りなのがまる判りだぜ。あんまり大根だったんで仕事が回ってこなくなったんじゃねーの?」
ガラガラピシャァァァッ!
二人の頭上に稲妻が走った。しかし二人はお互い微動だにせずに相手を睨み続けている。悠馬にもトシヤにも、すでに周りなど見えていなかった。芸能人を家族に持つ者として、目の前の相手を強敵でありライバルであると認めていたのだ。
ガラゴロピシャァァァン!
二人の頭上が再び明滅する。
翌日は見事な晴天となり体育祭日和に恵まれたあくひろ学園だが、この日、一時超局地的雷警報が発令されていた事実を知るものは、あまりいない。
◇◇◇
トシヤが悠馬と意地の張り合いをしている頃、彼の仲間である白団の応援団員達はまさに絶体絶命の危機に陥っていた。
白団の武器である〈バリカン〉は敵の戦意喪失に非常に有効的な武器だったが、難点を挙げるとするならば敵に超至近距離まで接近しなければならないことだ。
そこで考えた作戦は、五人ひとチームで敵を襲い、包囲網を作ることだった。
今回白団にとって、青団は格好の的であった。なぜなら青団の武器〈着色弾〉の情報を事前に知ることができたからだ。
あまり大げさな武器を作ると、その情報も他団に漏れやすくなる。諸星達が銀団の〈変声器〉の情報を事前に知ったように、白団もまた〈着色弾〉の情報を掴んでいたのだ。
鵜狩達は青団対策のビニール傘を盾に青団員に近寄り、打ち合わせ通りその少年を取り囲んだのだった。
「かかれ!」
鵜狩の号令で四人が一斉に動く。
しかし、彼等が飛び掛かった瞬間、それまで微動だにしていなかった青団員は自ら〈着色弾〉を放り捨て、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
その両手にずらりと〈ネコミミカチューシャ〉が並ぶ。
じゃきじゃきじゃき~んっ!
「――!?――」
次の瞬間、彼等の目の前から青団員の姿が消え失せた。同時に頭部に感じる違和感。
「……お、おい……」
一人が仲間の団員を見つめながら、乾いた声を上げた。
「お前……その頭……?」
言われたほうも、振り向くなり奇妙に顔を歪める。
「そっちこそなんてもん頭に付けて……――――っ!?」
四人は気がついた。自分を含めた全員の頭からにょっきりとネコミミが生えていることに。
慌てて自分の頭に手をやり、悲鳴を上げる四人。
そんな光景を目に映しながらも、鵜狩は今の状況が飲み込めないでいた。
――あの青団員は一体どうやってあの囲みを抜けたんだ? いや、それよりいつの間に部下達全員に〈ネコミミ〉を付けてまわった? そして何より……
――なぜ自分は今地面に倒れている?――
「ふむ。戦利品も少しは役に立つものだな」
驚くべき早業で四人に〈ネコミミカチューシャ〉を装着した青団員が他人事のようにそんなことを呟いた。その彼は腹ばいに倒れた鵜狩の上に座り込みガッチリと体を押さえつけている。
鵜狩の手からこぼれ落ちた〈バリカン〉を拾い上げると、彼は悪魔の如き残忍な笑みを浮かべた。
「そうか。ボウズ頭の上から〈ネコミミ〉を付ければ、しばらくの間取り外しは出来なくなるな……?」
そう言って躊躇なく〈バリカン〉のスイッチを入れる青団員。不気味な作動音が鵜狩の耳元で鳴り響く。
その言葉の意味と自分の置かれた状況を理解した鵜狩の顔から、血の気が残らず引いていった。不自由な体勢で必死にもがきながら鵜狩は声を張り上げる。
「お……お前達……! たっ助けてくれっ!」
それまで敵の存在などそっちのけで頭上の〈ネコミミ〉と格闘していた白団員達だったが、鵜狩の声を聞くと果敢にも青団員に立ち向かってきた。
青団員はそんな彼等に煩そうに視線を向けたかと思うと、
「……ぷっ」
小さく吹き出した。
「う……うわぁぁぁぁぁっ!」
「ちくしょぉぉぉぉぉっ!!」
羞恥心に居たたまれなくなり駆け出す四人。
「ああっ待て! 俺を置いてくなぁ―――――っ!!」
虚しく叫ぶ鵜狩の前髪が、容赦なく掴まれた。
そして頭上から響く不吉な音。
・・・・ぞりぞりぞりぞりぞり・・・・
「……っぎゃあああああああああああっ……!」
各陣地から撤収の合図が鳴りだす中、このときの鵜狩の悲鳴が、この日最後にあがった断末魔となったのだった。
◆九番勝負~体育祭編2~ 終
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