戦いは ここから始まる前夜祭④


◇◇◇


 周囲はいつの間にか暗くなっていた。準備に追われて学園に残っていた生徒達も大半が帰り支度を始め、明日使われる運動場はすでに運動会仕様に装飾されている。あとは天気が荒れないことを祈るばかりである。

 運動場の横に設置された水道で顔の汗を洗い流したらん丸は、ふぅと一息ついた。熱い体に水道の冷たい水はすっきりと心地良いが、だからといって隣のセイジのように水道の水を頭からザブザブと浴びる気にはなれないらん丸である。


「あれ?」


 横で同じように顔を洗っていた悠馬が突然声を上げた。見ると、隣のテニスコートの方を向いて首を傾げている。


「悠馬、どうしたの?」


 あくひろ学園女子テニス部は学園の中でも美少女揃いな部で有名だ。スコートと呼ばれる短いスカート丈のユニフォームも相まって、なかなか人気が高い。


「いやぁ……なんか眩しーなと思って……」


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』



 三秒後、らん丸とセイジから注がれる軽蔑の視線にハッと気が付く悠馬。


「イヤイヤイヤッ、そ〜ゆ〜意味ぢゃなくてだなっ!」

「ゆ〜ま……いやらし〜」

「全く、おぬしはとことんそんな奴だ」

「違うって言ってんだろ!! 向こうの茂みを見てたんだよ! 今何か光ってただろ!?」


 肩を怒らせて弁解しようとするが、二人のじっとりとした視線は変わらない。


「ど〜だかね〜」

「女の事となるといつも目の色が変わるからな」

「お前らなぁ〜っ!!」


 三人でそんな他愛の無い会話をしていた時、向こうから見知った顔が歩いて来るのを見つけ、らん丸が声を上げた。


「あっ、団長!」

「おんしたち、今は休憩中か」

「はい。五分くらい前に全体休憩に入りましたよ」


 悠馬の言葉に頷き、諸星は陣内を振り返った。


「陣内さん。集合の合図を鳴らしてきてくれんかの」

「了解。団長」


 陣内が軽く一礼して駆けていく。今は団長と副団長という立場でも、実際は諸星の方が年下である。陣内に対する言葉遣いは普段の口調よりもやや丁重だ。

 少し経ってから、和太鼓の音が響いてきた。演舞の時にはあの和太鼓の合図に合わせて動いている。集合の合図を聞きつけ、じきに他の団員達も集まってくるだろう。

 なんだかいつにも増して物々しい雰囲気を纏った団長の姿に、セイジ達が顔を見合わせる。

 怪訝そうな表情のセイジ達を見て、諸星が切り出した。


「そういえばおんしたちにはまだ言ってなかったかのう。他の生徒達が帰ってから学園の見まわりが始まるまでの間に、わしら応援団の戦いがはじまるんじゃ」

「どういうことだ?」

「応援団の編成は学年ごとの最大人数は来まっとるが、最低ラインは決まりが無い。つまり、途中からいくら人数が減っていこうが、その編成はそれぞれの援団が責任を持つことになっておるんじゃ。その決まりにかこつけて、各団とも、当日までに他の団の戦力や気力や信用を削ろうと、前日ともなると毎年必ず敵団同士で争いが起きる」

「あ……争いって……」


 勝つために他の応援団の者を攻撃するなど、下手をしたら学校問題になりかねない。そんな事を言いたそうな悠馬の顔を見て、諸星がニヤリと笑った。


「もちろんどこの団も、やることはお咎めぎりぎりじゃわい。といっても直接相手を再起不能にさせるわけではないからのぉ。少々手荒なことはするが、翌日に団服を着ていけなくしたり、とても出てこられないような容姿にしたりと、毎度方法は様々じゃ。これはもう、応援団の伝統とも言えるの」

「……なるほど……」


 つまりはセイジ達が放課後赤団の団員達にしたような事を、応援団総勢でやるようなものだ。そう考えるとなかなか幼稚な争いに見えないこともない。

 そんな話をしている間にも、合図を聞きつけた団員達は続々と諸星のもとに集まってきていた。そうして大半の団員が集まったかと思われた、その時だった。


「だっ……誰か―――っ!」


 校舎の陰から一人の団員が飛び出してきた。


「敵に……っ敵団の奴らに……! やられた……!!」

『――!!――』


 全員の間に緊張が走り抜ける。


「……どうやら、先を越されたようじゃな」

 地面を転がるように疾走してくるその団員を見て、諸星は苦りきった表情で呟いたのだった。



◇◇◇



「太鼓の音を聞きつけて戻ろうとした矢先に、いきなり五人組に取り囲まれて……そしたらこんな……こんな……」


 駆けつけてきたのは小太郎だった。彼は悔し涙を流しながら諸星に報告を入れていたが、周りでそれを聞いていた者達は報告の内容よりも何よりも、ただ彼の頭部にくぎづけとなっていた。


「オイラを……こんな丸刈り頭にしていきやがったんですっ!!」


 ぷっ……


 誰かがとうとう堪えきれずに吹き出した。その瞬間、



『だはははははははははははっっ!!』



 青団全体を爆笑の渦が取り巻いた。

 すっかり刈り上げられた不憫な頭を指差して茶化しだす他の団員達。


「ぶははっ、おまえど〜したんだよそのアタマ〜っ! 髪の毛どこに置いてきたっ?」

「一休さんか〜!? 一休さんなのかぁ〜?!!」

「超似合ってる〜っ! うひひひっ……!」

「笑うなぁ―――――っ!! お前らなぁ! いきなりこんな頭にされたオイラの身にもなれ!! 先輩達も、笑い事じゃないっすよ!」


 怒鳴りつけるが、爆笑は一向に収まらない。笑い声と、怒鳴り声とが入り混じる中で、それまで唯一笑い出さなかった諸星が口を開いた。


「おんしら、いつまできゃんきゃん騒いどる。小太郎、そんな事よりも報告の続きをせい」


 全く揺るぎない諸星の視線に、さすがに周りにも気まずそうな空気が流れる。小太郎も、しゅんとなって諸星に頭を下げた。


「……すみませんでした!」

「ぐふっっ」


 諸星が変な声を出して目の前に突き出されたボウズ頭から顔を背けた。とっさに笑いを噛み殺すのに、ちょっと失敗してしまったのだ。

 とたんに周囲に再びどっと笑いが起こる。


「だんちょお〜〜っ!」


 諸星にまで笑われてしまった小太郎はとことん情けない顔で落ち込んでしまう。


「男がそんな泣きそうな顔なんぞするんじゃないわい。髪なぞまたすぐ生えてくるじゃろうが。それより……」


 諸星を取り巻く空気が、ずっしりと重くなった。


「やったのは、どこじゃ」

「えっ……は、白団の連中です!」


 その空気に気圧されながらも、小太郎が答える。


「なるほどのう。白の奴らはそんなモノを使ってきおったか。銀団の奴らは〈変声器〉を大量に仕入れておった。何を企んでいるか知らんが、各々、注意せい」


 諸星は背後に控えていた者達に指示を出し、持ってきていた段ボール箱を団員達の前に置いた。


「わしらのエモノはこいつ……陣内力作の〈着色弾〉じゃ」

『おおお〜っ』


 仲間の団員達が沸き立つ中で、らん丸が不思議そうに首を傾げる。


「副団長って、武器も造れるんだ?」


 それを聞きつけた近くの団員が横で呆れた声を上げた。


「お前何にも知らないんだなぁ! 団長・副団長クラスともなると学園でも有名な人達ばっかだぜ? 陣内さんは“科学科”にして平賀流忍法の使い手、優秀な科学者であると同時に高い戦闘力も持った人なんだよ!」

「へぇ〜!」

「あやつ、忍者なのか!?」


 それまではどうでもよさそうに聞き流していたセイジが突然話に食いついてきた。その瞳には好奇心という名の光がキラキラと輝いていたりする。

 うわさの副団長、陣内がほんわかとした空気を背負って、困ったような笑顔で段ボール箱へと歩んでいった。


「団長、〈着色弾〉だなんて、そんな無粋な呼び方はやめてください」


 箱の中から〈着色弾〉をひとつ取り出す陣内。その瞬間、彼の持っていた柔和な雰囲気がガラリと変わった。その瞳に妖しい光を湛え、手に持った〈着色弾〉を高々と天にかざす。


「この作品の名は発明№0096『O2コバルトHOKUSAI』です!!」


 じゃこんっ、と、運動場横の樹木に銃口が突きつけられる。


「んっふふふふふふっ。この私の発明品で彼等の晴れ着に芸術という名の美を塗り上げてあげようじゃないですか!」



 どたんっ!



 音を立てて発射された弾が樹木の幹を青く染め上げた。


『おおお〜〜っ』


 再びどよめき立つ周囲と比べてセイジ達三人組はというと、陣内の変貌ぶりを呆気に取られた顔で見つめていたりする。


「いやまあ……自分の発明品を持つと性格がちょっとマッドな感じになるところがあれだけど……」


 先程の団員が、やや気まずそうに呟いた。後半のセリフはむにゃむにゃと口の中に消えていってしまう。


「おんしたち、今の武器の使い方、よぉく見ておったな?」


 陣内に次いで諸星が〈着色弾〉を手にした。


「前夜祭の始まりじゃ。――健闘を祈る!」

『押念!!』


 辺りが徐々に夜の色に包まれていく中、《青龍応援団》一同はついに行動を開始したのだった。



◇◇◇

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