戦いは ここから始まる前夜祭⑤
◇◇◇
「しかし実際のところ、どの団も敵の裏を掻こうと隠れてるんだよな」
「それがどうかしたの?」
茂みの影にしゃがみ込みながらポツリと洩らした悠馬の呟きに、隣に居たらん丸が尋ねた。三人の前には運動場から校舎へと続く通学路があるのだが、先程から人っ子一人通らない。
「だからさ、向こうもこっちも隠れて敵を待ってるってことは、このままだといつまでたっても敵には会えないってことじゃないか?」
「う〜ん。でも、この場所で作戦M続けるんでしょ? リーダぁ」
そう言ってらん丸はやはり隣にしゃがみこんでいたセイジを見た。
「うむ。何だかこの辺りにはエモノがゴロゴロいると俺さまの勘が言っていたのだが……」
作戦Mとは、『
「それにしても、おれ前々から思ってたんだけどさ。その作戦の中身っていつもいつの間に決めてるの?」
ふと思い出したらん丸が二人に尋ねる。よくよく考えたら三人できちんと決めた作戦と言えば作戦Z……つまり最終手段である戦略的撤退しかない。一体AからYまではどうなっているのだろうか。全てあるのかどうかさえ定かではないのだ。
「今更何言ってんだ、そんなもん決まってんだろ」
それを聞いた悠馬はため息をつき、諭すように言い返した。
「言わずと知れた――って奴だよ」
「ただの当てずっぽうって言わないそれ!?」
「フッ。暗黙の了解と言え!」
すかさず口を出すセイジ。
「なんだ、ど〜りでどれもこれも覚えが無い作戦だと思ったんだよね」
「普通もっと前に疑問に思うもんだぞ? 大体がこいつの思いつきで始まる作戦だしな」
そういう悠馬は作戦が出るたびに納得して頷いていたが、つまりそれはセイジとおんなじ思考回路を持っているという事なのだろうか。それとも実は悠馬にも中身がよく分かってない作戦なんかも混じったりしていたのかもしれない。どうせはぐらかされるから、口には出さないが。
「そういや、援団の先輩に聞いたんだけど、合戦の内容って毎年変わるらしいぜ。今年は“戦闘科”メインのルールだけど前はロボット対戦なんてのもあったって。そん時は援団も“科学科”中心に選ばれるんだってよ」
「ほう、ロボット対戦……見てみたいものだな」
セイジが興味津々の顔で唸る。
「それで前日にはこんな小競り合いまで起きるわけだろ? その戦力も含めて考えると、ただ体力自慢ばっかり選べば良いってもんでもなくなるよな」
「それじゃさ、今回役に立てなかったからって次回もそうとは限らないんだね。来年の合戦には自分の得意分野があたる可能性もあるんだ」
意気込むらん丸に、悠馬が真顔で尋ねた。
「お前の得意分野って、何だよ?」
らん丸はしばらく地面と見つめ合って考え込み、
「………………手品?」
「種目に加わることは果てしなくあり得んな」
ばっさりとセイジに切り捨てられた。
「他になんか無いのかよ他に」
「うぅ〜〜ん、ちょっと待って……」
腕を組んで唸り出すらん丸。どうやら真剣に悩み始めてしまったらしい。
『でもさ、まずこの武器で、おれ達何をすればいいんだったっけ?』
しばらく隣で唸っていたかと思ったらいきなりそんな事を言い出し、悠馬は脱力してガックリと頭を垂れた。
「おいおい、しっかりしてくれよ。この〈着色弾〉……なんとかHOKUSAIだっけ? オレたちゃこいつで他の団の団服を汚してくんだろ?」
『そ〜だそ〜だ。何発くらいあるの?』
「予備の弾薬入れてひとり10発だって」
呆れたように答える悠馬を見て、らん丸が不思議そうに首を傾げる。
「悠馬。さっきから誰と喋ってるの?」
「え? 今、お前話しかけてきただろ?」
悠馬がらん丸を指差して聞き返すが、らん丸はふるふると首を振った。
「ううん、おれ何も言ってないよ」
「俺さまにも聞こえなかったな」
更にセイジまでらん丸の向こうから口を出してくる。
悠馬の額からサ――ッと冷たい汗が流れていった。
「んなバカな。確かに今、横かららんの声が――……!」
辺りの重い空気に耐えられなくなった悠馬が慌てて周囲を見渡す。
その矢先、自分の真横にいつの間にか座っていた銀団の団員と目が合った。その手に持っているのはメガホン型の〈変声器〉。
「あああああっ!! てめぇ……っ!」
思わず立ち上がって相手を指差す悠馬。セイジ達も気が付いて立ち上がるが、その間に銀団員は背後に広がる藪の中へと素早く逃げていってしまった。
「ち、ちくしょ……今の声、罠か!」
「うわあ、ぜんぜん居たのに気が付かなかった……」
「銀団の武器は〈変声器〉……。そうか、あいつら〈変声器〉で情報収集する気なんだな……!」
「でも悠馬。今からそんな情報集めていったいどうする気なの?」
らん丸の疑問に悠馬は苦い表情で答える。
「陽動だよ。声色変えてデマを流されたりしたら、周囲を信じればいいのか疑えばいいのか分かんなくなっちまうだろ」
「ふぅむ。奴らの目的は敵の攪乱か」
セイジが腕を組んで神妙に呟く。
その背後に、ゆらりと黒い影がぶら下がった。影はゆっくりと音もなくその手に持った物をセイジの頭の上に持っていく。
それがまさにセイジの頭に被されようとしたその時、セイジがくるりと振り返った。
それはほんの何気ない仕草だったのだが、その拍子に木からぶら下がっている人影とバッチリ視線が合わさる。
…………………………気まずい沈黙。
数秒後、セイジが声を張り上げた。
「ぬぅっ!? 貴様ッ、何者だ!!」
「どうしたセイジ?」
その声に振り向いた悠馬は、人影の持っている物を見たとたんにうげっと奇妙な声を上げた。
「ねっ……〈ネコミミカチューシャ〉ッッ!!」
「な、なんでそんな物持って木からぶら下がってるのこの人!?」
「オレが知るかよ!!」
「うろたえるでないおぬし達! 標的さえ見つかればこちらのものだ! キサマ紫団の奴だな? 大人しくこの〈OⅡコバルトHOKUSAI〉の最初の餌食となれぃ!!」
セイジが叫び、じゃこんっ、と〈着色弾〉を構える。とたん、
ガサガサガサガサッッ
人影の背後の木々から新たに大量の黒い影がぶら下がった。影の手にあるのは、いずれも変わらぬ〈ネコミミカチューシャ〉。
その数の多さにじわりと圧された悠馬が、非難の目をセイジに向ける。
「……何がどっちのもんだって……?」
黒い影達がぼとぼとと地面に着地してきた。
「者共、作戦Zに変更! ――走れ!!」
セイジの言葉と共に三人が駆け出す。それを追いかける、〈ネコミミカチューシャ〉集団。
「何でネコミミ!? 何でカチューシャ〜〜!?」
絶叫するらん丸の元に、すかさず悠馬の声が飛んでくる。
『でもお前のネコミミ姿はよく似合うと思うぜ?』
「うるさいな悠馬!」
「オレは何も言ってね〜〜〜!」
「らん丸! おぬしの後ろだ!」
セイジの呼びかけにハッと後ろを振り返ると、〈変声器〉を片手に持った先程の銀団員がちゃっかり三人にくっついて来ていた。
らん丸が一瞬立ち止まり、銀団員に狙いを定める。
「おれはネコミミなんて嫌だもんねっ!」
どたんっ!
「ふぎゃっ!」
見事〈着色弾〉が直撃した銀団員は体制を崩して地面にすっころんだ。そこにすかさず群がる〈ネコミミカチューシャ〉集団。
「ぎゃ〜〜〜っ!? なんじゃこりゃ、外せね―――ッ!!」
銀団員の断末魔の悲鳴がこだました。
背後で繰り広げられる恐怖の光景に悠馬が青い顔で叫ぶ。
「あのネコミミ、一度付いたら外れないようになってるぞっ!」
「あんなの頭に生やされたらおれもう外、出歩けなくなるぅ〜〜っ!」
早速一人目の犠牲者を生み出した〈ネコミミカチューシャ〉集団が次の獲物を求め、続々とセイジ達を追いかけてくる。
「ふははは! どうだ、俺さまの言ったとおりここにはゴロゴロいただろう!」
「いすぎだバカ!」
「どじ〜っ」
「まぬけ!」
「後で覚えていろキサマら!!」
遠慮ない悠馬とらん丸の言葉に怒鳴り返すセイジ。後ろからは〈ネコミミカチューシャ〉集団がじわじわと距離を縮め追いついてくる。
「仕方がない! こうなったら、作戦Iで行くぞ!!」
「りょ〜かい! 作戦Iだな!」
すぐさま復唱する悠馬。いつもならここでらん丸が疑問の声を上げるのだが、今日は違った。
「悠馬、おれやっぱ……暗黙の了解の意味、なんとなく分かった気がする!!」
「それでは者共、一時解散――ッ!!」
並んで走っていた三人がそれぞれ進路を変え、バラバラに駆け出した。
◇◇◇
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