戦いは ここから始まる前夜祭③


◇◇◇


 後始末をクラスメイト達に任せて運動場に向かっていたセイジ達だったが、その三人の背中を一階の廊下で呼び止める者があった。


「ちょっと! そこの三人、待ちなさい!」


 そんなきつい口調で自分達を呼び止める人物にとてもよく心当たりのあった三人はぎくりと身を固めて歩みを止める。

 果たして。ゆっくりと振り返った先に想像通りの姿を見つけたらん丸はとことんまずい顔になり、悠馬はあちゃ〜といった感じに額を覆い、セイジは苦りきった表情で―― 1年“は組”の女子学級委員、式部ゆかりと対峙したのだった。


「やっと見つけたわよ、セイジ君」


 動きやすい体操服にジャージを腰に巻いた活発な姿のゆかりは、気難しそうに胸の前で腕を組み、セイジを睨み付けた。


「俺さまに何か用か?」

「用なら大アリだわ。一日中クラスの仕事ほったらかした上に、今度はどこへ行く気かしら?」


 フンと鼻を鳴らしてそっぽを向くセイジ。


「あ〜……ゆかりさん。オレ達、ちょっとこれから応援団の活動があるんだ。ということで続きはまた明日にでも……」


 ゆかりとはあまり相性の良くないらしい悠馬がそそくさと身を引こうとするが、今度はゆかりは、そんな悠馬にきつい視線を向けた。


「悠馬君。セイジ君に注意するどころかあなたまで一緒になって! 一体どういうつもり? 大体あなたここ最近、応援団の練習にかこつけて委員会の仕事全部私に押し付けてるじゃない!」

「うっ……」

「そうなの悠馬? いけないんだあ〜」


 らん丸が後ろから悠馬の背中を小突くと、悠馬がその腕を掴んで自分の前に引き寄せた。


「オレの代わりにこいつ置いてくから、勘弁して」


 そう言ってそそくさとらん丸の後ろに隠れてしまう悠馬。慌てたのはらん丸だ。


「えっ……ち――ちょっと……!」


 以前女子寮であったゴタゴタでゆかりの前に顔を出したくないらん丸は今もセイジと悠馬の後ろで目立たぬよう装っていたのだが、それが完璧面と向かって顔を突き合わせる形になってしまったのだ。


「悠馬! おれに話を振らないで……!」

「毛利君、あなたまで二人を庇い立てする気なの!?」

「いやいや別にそんなっ!」


 らん丸の全身全霊での否定を果たして聞いていたのかどうかは定かではないが、改めてらん丸に目を留めたゆかりは、そのまま目を瞬かせた。


「あら……なんだか、いつもと雰囲気が違うわね」

「へ? そ、そうかな」

「その……前髪、どうしたのよ」

「前髪?」


 何の事か、やっとらん丸にも理解ができた。らん丸は応援団に行く時、普段は目元を隠している邪魔としか言いようのない前髪を頭のてっぺんで結んで、顔がしっかり見えるような状態にしているのだ。


「応援団の時はいつもこれなんだ。やっぱ動く時は邪魔だからね」


 そうは言ったものの、理由の大半は団長に殴られるからである。


「そ、そうなの……」


 気の無い返事を返すゆかり。なんだかその視線も落ち着きがない。


「委員長、どうかしたの?」

「な、なんでもないわっ!」


 そう言いつつも、焦った様に視線を落として手元をいじったり髪の毛を触ったり、明らかにいつもと様子が違う。さっきまでの威勢もどこかへ行ってしまったようだ。


「委員長――本当に大丈夫?」


 らん丸がゆかりの顔を心配そうに覗き込む。



 ぼぼぼぼぼっ!



 らん丸と視線が合ったとたん、ゆかりの顔が赤く染まった。かと思ったら突然よろりと一歩後ずさる。


「……そ、そんな……で……」

「へ?」

「そんな目で、見ないで頂戴!!」


 真っ赤な顔でそう叫ぶと、ゆかりは逃げるように廊下を駆けて行った。


「ど……どうなってんの?」


 全く訳の分からない展開にらん丸が呆然と呟く。


「もしかして……」


 一部始終を見ていた悠馬がゴクリと唾を飲み込み、神妙に切り出した。


「この上もなく母性本能をくすぐるらんの顔に、ゆかりさん打ちのめされたんじゃ……?」

「ええ!?」

「うむ。らん丸の顔はまごう事無き童顔だからな」

「……母性本能……童顔……うう、だからおれ前髪上げるのやだったんだ……」

「お〜お〜。打ちのめされてる打ちのめされてる」


 いじけるらん丸を悠馬が面白がって茶化す。その隣でううむと神妙に唸って見せるセイジ。


「しかし、まさか委員長がかわいい物好きだったとはな」

「ホント、意外だぜ。あのゆかりさんにも女の子らしい趣味があったとはね。普段からあんなに気丈に振舞ってなければ、それなりにかわいいのに」


 ああもったいない、と、小さくつぶやく悠馬。


「ま、でも、い〜こと知ったな。今度からゆかりさんに絡まれた時はらんを囮にするか」

「作戦Oは『おとり大作戦』に決定だな」


 無責任極まりない発言をする二人の後ろから、らん丸が実に恨めしそうな視線を向ける。


「二人とも〜〜。面白がってるでしょ〜〜」


三人が運動場に辿り着いた時、ちょうどそこから出てきた諸星と出くわした。諸星の周囲には他にも何人かの上級生達が取り巻いている。


「ああ。やっと来たね、青団の秘密兵器君」


 諸星の隣にいた背の高い一人がセイジに声をかけた。あの諸星との対決以来、セイジの呼ばれる名といえばすっかりこの『青団の秘密兵器』となっている。


「おぬしは確か……」

「ああ悪いね。そういえば、こちらの自己紹介がまだだったよ。私は5年の陣内。副団長だ。覚えておいてくれ」


 陣内は三人を見やりながら、右手を差し出した。その手を代表して悠馬が握り返す。


「皆さん揃ってどこかに行かれるんですか?」


 悠馬の質問に、今度は諸星が口を開いた。


「ああ。残った奴らは自主練習じゃ。ほどほどに体力を残して全力で特訓せい」


 なかなか難しい用件を突きつけて、再び歩きだす諸星。


「そういうことで、またあとで」


 陣内もやわらかく微笑むとその後ろをついていった。

 青団の副団長は、団長の諸星とは違い、色白で柔和な雰囲気を纏っている。だからといって決して軟弱なわけではない。団長の座こそ4年の諸星に譲ったものの、栄えある応援団の副団長に納まっている人物だ。

 彼らが校舎の中に入っていくのを見届けてから、らん丸が振り返ってセイジに尋ねた。


「自主練だって。どうするの?」

「うむ、そうだな。それでは今日は……」

「今日は敵の皿の場所を見分ける方法を教えてやるよ」


 セイジを無理矢理押しのけ悠馬が切り出した。


「くぉら悠馬! 勝手に進めるでない!」

「だって、お前だって敵全員の皿の場所をひとつも見落とさないって訳にはいかないだろ?」

「うむ、それはそうだが……」

「もしそ〜ゆ〜敵と遭遇したらお前どうするんだよ」

「フン。皿の位置など、戦っているうちに大体分かってくるわ!」


 らん丸が期待に満ちた目で見つめてくる。


「どうやって分かるの?」

「勘だ!」

「……リーダぁ、あんまり人に教えるの向いてないね」

「ほら。だからおまえは手出しすんなって言ってんだよ。あっち行ってろ」

 呆れた顔でしっしっとセイジを追い払う悠馬。


「キサマ! リーダーに向かってその態度は何だっ!」

「はいはいどいたどいた」

「ぐぬぅぅぅ……」


 完全にのけ者にされてしまったセイジは獣のように肩を怒らせて低く唸ると、悠馬達に背を向け荒い歩調で運動場の真ん中へと歩いていった。


「くぉらそこの1年坊主!! 踏み込み方が甘いぞ! 俺さまがじきじきに稽古をつけてやる!!」

「え……お、オイラ……?!」

「それとそこの金髪とモヒカン! ……全員いっぺんにかかって来い!」

「おい、俺達一応先輩だぞ先輩っ!」

「問答無用ぉぉぉぉ!!」



 どかかかかっ!!



『うぎゃあああああっっ!!』


 近くの団員達を手当たり次第に蹴散らすセイジを見て、らん丸が深くため息をついた。


「あ〜あ、リーダぁスネちゃった」

「い〜んだよ。疲れたら勝手に戻ってくるから」


 疲れ知らずのセイジが疲れる頃には青団の被害は甚大なものになっているのではないかと、一抹の不安を感じるらん丸だったりする。


「さて、敵の皿の位置だけどな。とりあえずお互い見えないように皿付けて、練習してみよう」


 二人で何度か切り結んだり離れたりしているうちに、悠馬がニッと口の端をあげて笑う。


「らん、お前左腕に付けてるだろ」


 言われて目を丸くするらん丸。


「なんでわかったの!?」

「攻撃を受けてる間、決まった場所だけ守りが固くなってるんだよ。あと、一度でも皿の方を見ちゃいけないぜ」

「うっ……おれ、見てた?」

「六回は見てたな」

「うう……自覚はなかったんだけどなぁ」

「それが怖いんだよ。自覚がない行動こそ人の本質が出てくるもんだ。意識して敵しか見ないようにしないとな。とどのつまり、皿の場所を知りたい時はあらゆる所を狙ってみて敵さんの反応を見ればいいってワケだ。中には視線がしょっちゅう皿の方を向く判りやすい奴とかもいるぜ。まあでもこれは結局、戦い慣れてない初心者相手にしか効かないんだけどな」


 そうは言ったが、セイジの場合は相手が何年生だろうとしっかり皿の位置を見つけてしまうだろう。本人は勘だと言い張っていたが、実際はセイジも相手の僅かな反応を直感的に感じ取っているのだ。戦い慣れれば意識して観察をしないでも経験的に察知できるようになるらしい。


「でもおれなんか、体の大きい奴とかと鉢合わせたらそれどころじゃないかも……」


 はぁぁ、と哀しげなため息をつくらん丸。らん丸の脳裏には昨日のセイジと諸星の熱戦が浮かんでいた。あの時のように力の押し合いにでもなったら、小さな彼は圧倒的に不利なのである。

 しかしその言葉に悠馬はちっちっちっ、と指を振る。


「問題ねぇよ。体力だけで入団した筋肉馬鹿とかは技術の方がついてきてない分、らんの小さい体で小回りを利かせて撹乱しやすいし。何も大きければいいって訳じゃねぇのさ」

「そうかな」

「それに、敵を倒すだけが戦法じゃないぜ。なにもセイジみたいにばったばったと敵を倒そうとせずに、オレ達は自分が一番頑張れる所で活躍すりゃあいいんだよ」

「自分が一番、頑張れるところ……」

「今はただの『歩く迷惑』なあいつも戦いともなると大事な『秘密兵器』だろ?」


 悠馬が意地悪そうな笑みを浮かべてセイジを指差した。視線の先では相変わらずセイジが団員達相手に暴れまわっている。今日これまでずっと不機嫌だったセイジはここぞとばかりに鬱憤を晴らしているようだった。

 それを見て十分に納得したらん丸は、気合を入れて顔を引き締めた。


「うん。おれも出来る限り頑張ってみるよ!」

「よし。じゃ、今から何試合かやって場所の当てあいでもしてみるか。それが終わったら次は“秘伝・戦ってるフリして上手く敵から逃げるワザ”を教えてやるよ」


 ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる悠馬。


「合戦中は、がオレの目標だからな」


 つられてらん丸も苦笑する。

 自分が得点源になるのではなく、相手に自分の得点を与えないようにする。実に悠馬らしい戦法であった。



◇◇◇

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