戦いは ここから始まる前夜祭②


 らん丸とセイジの注意がそちらに向いた隙に、残りの三人が教室を飛び出した。とてもあんなのの相手はしていられないと思ったのだろう。廊下を歩いていた他の生徒達を押しのけて猛ダッシュで逃げていく。


「どけどけぇ!」


 赤団員その一が前から歩いてきていた男子生徒に怒鳴り散らした。言われた方は驚いた顔を作り、押しのけられる直前に自ら身を引く。

 そのとたん、前を走っていた赤団員その一がつんのめり、後に続いていたその二その三がバタバタとドミノ倒しのようにその上に倒れこんだ。


「なぁんで、うちのクラスから違う色の奴らが出てくんだ?」


 頭の上から降ってくる、とぼけた様な声。


「う……うぎ……きさま……」


 赤団員その一は呻きながら、すれ違い様に自分の足を引っ掛けた生徒――悠馬を振り返った。もがいてなんとか起き上がろうとするが、苦労もむなしくその背中が上から容赦なく踏みつけられる。


「逃がさん!」


 追いかけてきたセイジがギロリと三人を睨み付けた。そのセイジを見て、悠馬は今度は本当に驚いた顔になる。


「おいおい、ど〜したんだそのカッコ」

「この人達がリーダぁにペンキひっかけたんだ」


 同じく追いかけてきたらん丸がセイジの代わりに説明した。セイジの制服がそこら中カラフルになっているのは実はらん丸の所為だったりするのだが、その罪もちゃっかりこの赤団員達に着せてしまっていたりする。


「なんだ。オレはまたてっきり、とうとう誰かヤっちまったのかと思った」

「フッ。安心しろ。今からこいつらを10ぺん殺して地獄の底に叩き落とすところだ」


 赤団員達が小さく悲鳴を上げた。すっかり怯え切っている彼等を見て、悠馬はため息をついてセイジに向き直る。


「死ぬほど痛めつけちまうのはやっぱまずいだろ。自業自得とはいえ元はといえば援団入って調子乗っただけの一生徒なんだから」

「それではおぬし、俺さまのこの怒りを一体どうしてくれるというのだ?」


 セイジが殺気立った視線を悠馬に向ける。赤団員達が震え上がる一睨みも、すでに慣れっこな悠馬には全く効き目がないようだった。


「まあそう殺気立つなって。こんなに怯えちまってるじゃねーか。どうせ今まで散々脅かして怖がらせまくったんだろ? それなら最後くらい平和的に――」


 赤団員達から儚い希望の視線を向けられつつ、悠馬はにっこり笑うとポケットから黒の油性マジックを取り出した。


「――ヒト様に顔向け出来ないようなツラにしてから開放してやろうぜ」

『げっ。』


 赤団員達が一斉に顔を引きつらせる。


「でも、そんなことしたらこの人達、明日の体育祭にも出られなくなっちゃうんじゃない?」


 反論してくれるのかと思いきや、同じく油性マジックを取り出すらん丸。どうやら彼も止める気はないらしい。


「それも狙いだよ。敵は少ないに越したことないだろ?」


 セイジが怪しい笑いを漏らしながらマジックのキャップを外した。


「仕方がない。貴様らの顔、二度と表を歩けなくなるほど恥晒しでみっともない出来にしてやるわ! せいぜい一晩中泣いて後悔しながら惨めに顔を洗い続けるのだな!」

『ひぃぃぃぃっ!』


 情けない悲鳴を上げる赤団員達だったが、悲劇はまだ終わらなかった。廊下の向こうから偶然1年“は組”の団体が現れたのだ。


「おっ、お前ら楽しそうなことやってるじゃん」

「俺達にもやらせろよ」

「お〜い、教室の中にも一人いるぞ!」

「このやろう、“は組”に手出しやがって! 思い知れっ」

「天誅だ天誅!」


 後から来た“は組”の生徒達もよってたかって赤団員達の服や体に落書きを始める。赤団員達はあっという間に落書きまみれにされてしまったのだった。


「あ――あんた達、一体、何者なんだ!!」


 全身にうんちマークやらなるとマークやらあいあい傘やら散々書き殴られながら赤団員その一が叫ぶ。


「フッ……何者か、だと?」


 赤団員その一の問いに、セイジ達が互いに目配せをする。

 次の瞬間、三人は自分の制服を引っつかみ勢い良く引っぺがした。その下から現れたのは、青いたすきに黒い学ラン、頭にハチマキを巻いた勇ましい《青龍応援団》の姿。

 ちなみにやっぱり制服の時より服のカサが増しているのはご愛嬌だ。


「俺さま達は、1年“は組”の応援団だ!!」

「な……っ!? バカな、“は組”に応援団はいないはずじゃ……!?」

「……し、信じらんねぇ……」


 眉毛が繋がって青ヒゲを生やされた赤団員その二が目を剥き、次いでゴジラ松井ホッペにされた赤団員その三がぽつりと呟いた。よほどの衝撃だったようで、あまり焦点のあっていない目がぼんやりとらん丸を捉えている。


「こいつが……俺らと同じ応援団だなんてぶぎゅっ。」


 らん丸に顔面を踏んづけられ、赤団員その三は沈黙した。


「……らん、お前、だんだんセイジに影響されてきてないか?」

「こ〜ゆ〜時はとりあえず相手を踏み倒しておけってリーダぁに言われたからね!」


 心外そうに頬を膨らませたらん丸が答える。


「うむ。気に入らんモノにはとことん攻撃する。それが正しい悪の心というものだ!」


 またセイジに適当な事を吹き込まれているようだ。まあ本人はセイジみたいになりたいと思っている変わり者なのだから問題はないのだが。


「ま、これも負けた応援団員の運命さだめだ。悪いが恨むなよ」


 申し訳なさそうにそんな事を言いながら赤団員その三の背中にでかでかと『僕は青団の1年生に敗北しました』とか書き連ねていく悠馬。顔とやっている事とが全く一致していない所がますます憎い。

「さて、そろそろオレ達も援団の方に行かねーとな」


 散々罵詈雑言を書きまくった悠馬が満足そうにマジックのキャップを元に戻した。


「俺さま、まだ気は済んでおらんぞ」


 セイジがむすっと顔をしかめる。


「まあまあリーダぁ。遅刻してくとまた諸星団長に怒られちゃうし、そろそろ書く場所もなくなってきたし、後はみんなに任せておれ達は行こうよ」


 セイジはしかめっ面をそのままに、しかし渋々承諾したのだった。

 移動しようと立ち上がったセイジ達にクラスメイトが声をかける。


「あ、おい。最後になんか書いといてほしいものとかあるか?」


 悠馬、らん丸、セイジはしばし考え、順繰りに答えていった。


「秒殺」

「負け犬」

「愚か者」


 ダメ押しとばかりに発せられるそれらの言葉に、憐れな赤団員達は声無く滂沱するのであった。



◇◇◇


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