九番勝負 -体育祭編2-

~赤虎 VS 前夜祭~

戦いは ここから始まる前夜祭①


 体育祭の前日になると授業も午前中で終わり、放課後は体育祭の準備に取り掛かっている。飾り付けや、ゲートの補修、モニターの設置、ラインの引き直しなど、やることは案外多いものだ。

 こうした賑わいの中を、らん丸は歩いていくのが好きである。

 少し前までは外でクラスメイト達と一緒に万国旗を取り付けていたのだが、放課後の終鈴が鳴って応援団の練習に行くため、今は教室へ荷物を取りに戻るところだった。

 三階に上がって廊下を歩いていたら、窓から見える校舎の別棟の屋根に、見慣れた人影を見つけた。


「リーダぁ!?」


 どうやら一日中クラスの仕事をサボっていたらしい。屋上が無い代わりにあんな所で寝ていたようだ。

 らん丸が慌てて窓から身を乗り出してセイジに呼びかけるが、しっかり寝入っているのか聞こえてないのか起きる気配は無かった。

 仕方なく、らん丸は懐から〈輪ゴム銃〉を取り出す。

 見かけはただの輪ゴム銃でもらん丸の変身時の武器として使っている普段はそこそこの威力を発揮する。本当なら生身の相手に向けるようなものではないのだが、こういった武器は変身を解除して使うと攻撃力がいくらか落ちるらしい。それでもセイジの元まで届くくらいの飛距離は十分出るし相手はセイジだから問題ないだろう。

 らん丸は窓枠に片膝をかけて身を乗り出し、セイジに狙いを定めた。ピンッと小さな音を立てて輪ゴムが発射され、どびゅしっ! とものすごい音でセイジの脳天に直撃する。


「のぅをぉっ!?」


 セイジは驚いて飛び起きると、その拍子にゴロゴロと屋根を転がり、庭のペンキの山へと落下していった。



 ガラゴロドシャベキ……!



「きゃあああ!!」

「今……人が落ちてこなかったか!?」

「おーい誰か先生呼んで来い!」

「大丈夫か!? おい、生きてるか――!?」


「………………あれれ……?」


 眼下で繰り広げられる思わぬ大惨事に、らん丸はこの先自分にふりかかるだろう末路を思い静かに顔を引きつらせるのだった。



◇◇◇



「そうか。もう応援団の時間だったか。早いものだな」


 ペンキまみれで全身カラフルになったセイジが廊下を歩いて行きながらぶっきらぼうに言った。その隣を超特大のたんこぶを頭に作ったらん丸が萎縮してついていく。

 幸いたいした怪我もなく被害も中庭の隅がペンキの海と化しただけだったので、先生に見つかる前にさっさと現場から逃亡した二人だったが、非常に目立つ色彩豊かなセイジに通りすがりの生徒は先程から一斉に視線を送っている。


「それで、悠馬はどうした」

「うん……。朝から会ってないよ。悠馬ってあれで一応学級委員で忙しそうだし、援団の方には遅れてくるかもね」

「あいつは今日は何の仕事をしているのだ?」

「ええっと確か、ゲートのペンキの塗りなおし……」


 言いかけて、らん丸はハッと息を呑んだ。恐る恐るセイジを見てみるとペンキまみれのセイジが突き刺すような一瞥を投げかけてくる。


「うあああ、ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい!!!」


 謝り倒すらん丸に、セイジは小さく舌打ちをして前に向き直った。


「まったく、今日はどいつもこいつも俺さまの睡眠を邪魔しにきおって……」

「今日って、まだ他にも何かあったの?」

「うむ、あったのだ。あれは私服だったから“一般科”の奴だろうな。朝からずっと俺さまの事をつけまわしてきていたのだ。何のつもりか判らんがあれではうかうか休んでもいられん。いつまでたってもこそこそと隠れてこちらの様子を窺っていたので、隙を見計らって俺さまの方から殴りこんでやったわ」

「それって、素手で? 大丈夫だったの?」

「相手はたった一人だった上に“一般”人だ。軽く脅してやったら泣きながら帰って行ったぞ」


 セイジの事だからどうせ“軽く脅す”程度で済んだはずは無い。何が目的だったかは知らないが、つくづく悪い相手に目をつけたものである。


「更にこれで安心して眠れると思ったら、今度は丁度委員長に見つかってしまってな」


 セイジの言う委員長とは“は組”のもう一人の学級委員、式部ゆかりの事だ。初っ端からサボりっぱなしのセイジに他のクラスメイト達は諦めて何も言ってきたりはしないが、ゆかりだけは別だ。極めて真面目な彼女は学級委員という使命感のもと、どんな時も怯むことなくセイジに立ち向かっていく。ある意味怖いものなしだ。


「あのままあの場に居たのでは解放されそうになかったからな。それで仕方なく誰にも邪魔されない屋根の上で寝ていたというわけだ。……おぬしに狙撃されて中庭に落ちるまではな」

「……ゴメンなさい……」


 そう締めくくったセイジの顔はいつにも増して不機嫌だ。ちょっとの刺激で今にも暴れだしかねない。今までの付き合いでそういった事を学んだらん丸は、これからなるべくリーダぁに余計な事はしないでおこうと心に決め、三歩下がってセイジの後をついて行くことにした。

 そうこうしているうちに“は組”の教室に辿りついた二人。セイジが不機嫌を体現するかのような乱暴さで無造作にドアを開け放ったとたん――……



 ガンッ。ゴンッ。ばしゃっ。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 セイジの足元にペンキの空き缶が転がった。

 べっとりと顔についたペンキが血糊のように赤くセイジの顔を染める。


「アッハハハハ! かかったな!」

「《青龍》の小童が! 今の自分の姿、鏡で見てみるか?」

「全身まっかっかの情けない顔が……あれ、赤以外の色も混じってるな」

「まあ良い! とにかく、恐れ入ったか! ククククッ!」


 教室の中には四人の人物がいた。赤色の鮮やかな応援団服に身を包んだ男子生徒達だ。……他団の妨害工作である。

 これまでも“は組”は他の団から度々ちょっかいは出されている。だが今回は、相手も今までのように悪戯をしてすぐに逃げることは出来なかった。なぜなら彼らは相手と手段とタイミング、最も悪い時に手を出してしまったのだから。

 セイジの影に隠れてペンキの直撃を免れていたらん丸が、何も言わずに身を引いた。まったくの同時に、らん丸の耳にそれが届く。セイジの中の何かが、ぷっつりと切れる音が。



「……ふ……ふふ…………ふふはははははははははぁっっ!!!」




 気持ち良く笑っていた四人はセイジが突然あげた哄笑にぎょっとして口を閉じる。


「な……なんだ……?」


 セイジは、赤いペンキの滴る口元にゆっくりと凄惨な笑みを作ると、更にゆっくりとした動作で侵入者四人を指差し、宣言した。




「貴様ら……コロスッ!!」




 四人がセイジから溢れ出す異様な雰囲気に思わず身を引いたとたん、セイジが近くにあった机を四人に向けて投げ飛ばした。投げられた机は周りの障害物を巻き込みながら雪崩のように四人に襲い掛かる。


『うどわわわっ!!』



 ドガバキズベシャアッッ



 ものすごい勢いで壁に激突する机から四人がバラバラに逃げ出した。


「ひ、怯むな! 相手はただの生徒だぞ! 俺達は選ばれし応援団……」


 たわ言を並べたてる赤団員その一をセイジの鋭い眼光が射抜く。赤団員その一はそれだけで口を開けかけたまま言葉の続きを言えなくなってしまった。諸星にも匹敵するセイジの威圧感に、2年生である赤団員その一が対抗する事はできなかったようだ。

 同じように恐れをなした赤団員その二がセイジに背を向けて逃げ出す。しかしセイジは一人たりとも逃がすつもりはなかった。右手を振りかざしものすごいスピードで追いすがる。



 ボゴンッッ。



 慌てて身を翻した赤団員その二の背後でステンレス製の掃除棚がひしゃげた。くの字型に折れ曲がった掃除棚はバランスを崩して床に転がる。


「ひええええっ」

「こいつ、自分で自分のクラス破壊してやがる!」


 赤団員その三が愕然と叫んだ。


「ちぃっ。こうなったら……!」


 突然、赤団員その四が出口の近くで大人しく控えていたらん丸に向かって走り出した。闘志どころかもはや殺気を放ちまくっているセイジよりも、小柄で無力そうならん丸の方がくみしやすいと思ったに違いない。


「うわわっ、こっち来た!?」


 それまで完全に傍観体制にいたらん丸は、案の定慌てふためき驚きつ、どこからか取り出した〈巨大ハンマー〉を正確に赤団員その四の頭に振り下ろした。



 どっごん。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぽてっ。



「はぁ……びっくりしたぁ」


 撃沈されて完全にのびている赤団員その四を見下ろしながら場違いな感想を漏らすらん丸。一見変身もしていない無防備な状態に見えても、いつも必ずどこかに何かを隠し持っているのがらん丸だ。完全に赤団員その四の戦力の読み間違いだった。

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