ライバルは 大体ここらで現れる⑦

 セイジと諸星の動きはここに来ていよいよ冴え渡り、戦いは佳境に入ったように思えた。

 諸星がアクション棒を剣のように両手で持ち豪快に振るうのに対し、セイジはほとんど片手のみで突くように攻撃をする。その攻撃手段は剣や刀というよりも本当に棒を扱うようで、棒先を地面に突き立てることもあれば手や脚での攻撃もしてくる。

 これは〈十手〉の戦い方なのだ、と、らん丸と悠馬はすぐに気がついた。セイジが変身時に武器として扱う〈青十手〉は長くなるとちょうど今使っているアクション棒と同じくらいの長さになる。普段は短い状態で使っているのであまり見たことは無いが、あれを本気で使いこなしたらきっとこういう戦い方になるのだろう。


「だあああああああああ!!」

「はああああああああっ!!」


 二人の攻撃が真正面からぶつかった。渾身の力を込めて互いを押しのけようとする二人の顔は赤く染まり、必死の呻き声が食いしばった奥歯から洩れた。


「諸星団長! がんばれー!」

「いけー! 新入りー!」


 周囲を取り囲んだ団員達も本人以上に顔を真っ赤にして応援する。


「……ここらで……終わらせようではないか……団長」


 セイジが搾り出すような声で言った。全身の力を維持したまま出すことの出来る、それが最大限の声だった。


「なんじゃ……もう、バテたんか……?」


 諸星も、この力比べに負けた時点で勝負が決まると覚悟していた。長時間力を込め続けるのは筋肉にも相当の負荷がかかる。いくら体力に自信がある者でも長い間続けられるものではない。それは当然諸星にも当てはまり、またセイジにも言える事だろう。

 この力比べに分があったのはセイジの方だった。体勢の有利も手伝ってか、僅かずつだが諸星が押されだしたのだ。


「……くっ……!」

「セイジ!! セイジ!! セイジ!!」

「団長!! 団長!! 団長!! 団長!!」


 声援もいよいよ激しさを増し、円陣内は一種異様な熱気に包まれる。

 諸星の体勢がガクリと崩れた。全員がハッと息を呑む。


「うおおおっ!」


 諸星が最後の力を振り絞りセイジの棒を跳ね上げた。しかし体勢が悪い。セイジは振り払われると同時に左手を棒から離し、ガラ空きになった諸星の胸へ掌を叩き込もうとする。


 戦いの終わりの瞬間だった。

 絶対不可避と思われたその拳を諸星は辛うじて右手で受け止め、頭上に掲げていた棒をセイジの額に叩き込んだ。今までのように棒先ではない。刀の柄にあたる部分、しかも利き手ではない左手だった。それでもセイジはたまらずに1メートル程吹っ飛び、背中から地面に大の字に転がった。

 周囲は一瞬静まり返った。しかし、仰向けに倒れたセイジの額の皿が砕け散っているのを認めると、先程の合戦の時以上の歓声が沸き上がった。

 二人ともその場から動かずに激しく肩で息をしていたが、すぐに諸星もガクリと膝を突いた。

 団員達が急いで駆け寄って二人を抱き起こす。

 団員の手を借りて立ち上がった諸星はすぐにその手を振りきり、苦々しい表情のままセイジの元へと歩いていった。


「おんし……最後に何をした?」


 セイジは最後の一撃が頭に響いたようだった。周りに支えられたまま気だるそうに空を仰いでいたが、諸星が近づいてくるとのろりと顔を向ける。


「……フッ……手応えはあったがな……」


 勝ったのは諸星のはずなのに、二人の様子がどうもおかしい。興奮の絶頂にあった団員達は疑問を顔に貼り付けて二人を見比べた。

 諸星は何も言わないまま自分のシャツをたくし上げた。胸には先程の戦闘でついに割れることのなかった無傷の皿が巻いてあり、そのわずか下には判で押したような丸い痣がくっきりと浮き上がっていた。

 それを見たセイジはやや不服そうに片眉を吊り上げる。


「外していたか……。残念だ」


 団員達はますます不可解そうに首を捻った。そこへ、悠馬とらん丸が人ごみを押しのけて駆けつけてきた。


「ちょっとすいません、通りますよ」

「リーダぁ、大丈夫!?」


 ずいぶんと強引な割り込み方で入ってきた二人に周りが不満そうに顔をしかめるが、その手にあるものを認めると誰も文句は言わなかった。二人の手にはセイジ達のためにグラウンド端の水道まで行って濡らしてきたタオルがあったのだ。

 らん丸がセイジのハチマキを取ってタオルを当ててやるとセイジはのろのろと手を上げて自分で押さえなおす。

 らん丸が手にしたハチマキを見て目を見開いた。


「うわ、血が付いてるよっ?」

「かすり傷だ。問題ない」


 そっけなく答えるセイジ。


「諸星団長も、どうぞ」


 悠馬が差し出したタオルを取ろうとして持ち上げた右手を、諸星は厳しい目で見つめた。ゆっくりと目線の高さまで持ってきて、ぎゅっと固く握り締める。


「あの時確かにわしはおんしの拳をこの手で止めた。しかし、止めたと同時にこの腹に一撃を食らった」


 あの瞬間、諸星はほとんど無意識のうちに体を動かしていた。セイジが一体何をどうやって自分に攻撃したのか、見抜くほどの余裕はなかったのだ。

 セイジが面倒そうに緩慢な仕草で立ち上がった。頭を冷やしたおかげで少し回復してきたらしい。


「フン――言ったであろう。俺さまが天才だから出来る動きなのだ。おぬしに教えたところで意味はない」

「ああそれなら、諸星団長の視界から隠れる自分の体の後ろから、右手に持った棒で団長を突いたんですよ」


 偉ぶるセイジを無視して悠馬がニコニコしながら教えてやった。悠馬の位置からは丁度セイジの背中が見えていた。セイジが殴りつけてから体が吹っ飛ぶまでわずか一瞬の事だったが、持っていた棒の位置と諸星の体に出来た丸い痣を見ればどういう事が起こったか、大体予想はつく。

 案の定大正解だったようで、セイジは慌てて悠馬に飛びついたのだった。


「くぉら悠馬!! バラすな馬鹿者! 人がせっかく……」

「あれぇ? 言っちゃ駄目だったのか?」


 素っ頓狂な声を上げる悠馬。白々しい事この上ない。

 セイジが悠馬に取り付いて制裁を加えたり、らん丸がそれを慌てて止めたりしている間に、団員の一人がそっと諸星に尋ねた。


「どういう事です? 勝ったのは諸星団長だったのではないですか?」

「この勝負、わしの負けじゃ」


 諸星が清々したように体に巻きついていた皿を放り投げた。周りにいた全員が目を見張り、セイジ達が動きを止める。 


「で、でも、セイジの皿は割れて、団長の皿は割れてないんですよ?」


 勝負の勝敗は、相手の皿を割る事によって決まる。今までのやり取りを聞いていると最後の瞬間二人の間に何かが起きていたようだが、見た限り諸星の勝利は間違いないはずなのだ。しかし諸星はその顔に苦笑を浮かべた。


「もしもこれが本物の武器での闘いなら、致命傷を負っていたのはわしの方じゃ。こやつの頭に一撃叩き込む前に力尽きておったわ。ほんに、試合に勝って勝負に負けたとはこの事じゃわい」


 腕を組んで一人納得する諸星。勝ち負けをだらだらと引きずらないその態度はとても男らしかった。


「にゃはははは! そうであろう、素直に負けを認めるとは実に潔い態度だ!」


 セイジがふんぞり返って言う。こちらは遠慮とか恐縮とか、そういった殊勝な心がけはあまり持ち合わせていないらしい。


「リーダぁ、あんましかっこよくない……」


 らん丸が不満そうにポツリと呟いた。しかし諸星はセイジのそんな不遜な態度も気に入ったらしい。豪快に声を上げて笑い飛ばしたかと思ったら、実にあっさりと禁断のセリフを言ってのけた。


「面白い奴じゃ。どうじゃ、おんし、わしの仲間にならんか? 組織を挙げて歓迎してやるがの」

「フン、断る。どうしてもというならおぬしを俺さまの配下に入れてやらんこともないがな」

「それはちぃとばかし無理な話じゃの。どうやらこの交渉はお流れのようじゃ」

「そのようだな。残念だ」


 まるで世間話をやめるかのような気軽さで引き抜きの商談は終了した。規則なんてハナから無いかのようである。

 この一連の会話には、応援団一同そっぽを向いて必死に“聞かなかったフリ”を装った。ただ一人、対応しきれなかった小太郎が後ろでずっこけてひっくり返っていたが。

 セイジは意識はハッキリしているものの、どうもまだ平衡感覚がうまく取れないようだ。どことなくおぼつかない足取りでらん丸の肩にしがみつくと、諸星にビシッと指を突きつけた。


「良いか、団長。次にやるときは必ず俺さまの完全勝利にしてやるぞ! そのときは覚悟しておけ。……ついでに俺さまは団長の馬鹿力のせいで脳みそがグラグラするので少々休ませてもらう」

「ちょっとホントにだいじょぶリーダぁっ? 団長、おれ、一緒についてってリーダぁの怪我の様子見ててもいいですか?」

「許す。明日以降に支障がないよう、しっかりと休ませい」

「押念!」


 元気に返事を返して、セイジとらん丸は歩き出した。待ちかねたようにセイジがらん丸に遠慮なく体重を預け、よろけるなだの背が低すぎるだの不平を並べ立てている。

 さっきまで悠馬をどついていたくせに調子が悪いとはよくも言えたものだが、本当なのだから仕方がない。


「あの〜、諸星団長……」


 一人の1年生が恐る恐る諸星に声をかけた。


「自分達も、様子を見に行っては駄目でしょうか? その……怪我が心配、というか……その」


 見るとその1年だけでなく、周りの者達は皆諸星に期待に満ちた視線を送っている。誰もが今すぐセイジと一緒に、喜びを分け合いたい気持ちでいるのだ。

 諸星はそんな彼らを一瞥いちべつし、厳かに言い放った。


「十分で戻ってきぃ」

『押念!!』


 早く飛び出したくてうずうずしていた彼らはパッと顔を輝かせると弾かれたように飛び出していった。驚いたことにその中には上級生も何人か混じっている。


「すごい人気だなぁ」


 諸星の隣に並んだ悠馬がポツリと呟いた。諸星が口の端だけで笑う。


「援団ではの、すでに手の内が明かされとる上級生よりも、どんな奴が飛び出すかわからん未知数の1年共の方が期待が高いんじゃ」

「それを言うならセイジは正真正銘の未知数ですね。オレにとっちゃいまだに未知の存在ですよ。さっきの勝負といい合戦の時といい、とてもオレじゃあ太刀打ちできない」


 苦笑しながら言う悠馬に、しかし諸星は呆れたように言い返した。


「何を言っとるんじゃ。その合戦の時に、毎度ここぞという所であいつらを勢いづかせるようなげきを飛ばしとったのはおんしじゃろうが。つくづく油断ならん奴じゃの」

「あ、バレてました?」


 悪びれもせず言って、悠馬は改めて手に持ったタオルを諸星に差し出した。先程は受け取り損ねたそれを悠馬の手から取り、諸星は皮肉のこもった笑顔を悠馬に向けた。


「もし来年おんしたちが違う団に入ったら、わしが全力で叩き潰しに行く事にするわい」


 覚悟しておけと獣のように爛々と輝く眼で言う諸星の言葉を軽く受け流し、悠馬はにっこりと笑う。


「あいつにそう伝えておきますよ。――それじゃ、オレも失礼して」


 そうしてやはり悠馬も、セイジの元へと駆けつけに行った。

 団員達は怪我の心配などそっちのけでセイジの周りで騒ぎ立てている。その団員達の中心でセイジはとことん迷惑そうな顔をしている。

 たった一日で、セイジはあれだけの人の心を掴んでしまったのだ。


「……まったく、とんだ未知数が入ってきてくれたもんじゃわい」


 諸星の呆れ交じりの呟きを唯一聞いていた副団長は、隣でそっと、苦笑を漏らすのだった。




◆八番勝負~体育祭編1~ 終

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