ライバルは 大体ここらで現れる⑥
審判役の団員が両チームの倒された人数を数えていく。さすがに下級生の方が数が多いようだったが、それは始める前から覚悟していた事である。
それでも下級生チームの団員達は固唾を呑んで審判を見守っていた。
今までの練習で下級生チームが上級生チームを倒せた人数は、最も多い時でたった五人である。しかし今日ならば、そんな上級生達に一矢を報いる事が出来るはずだ。
審判が声を張り上げ、やや興奮した口調で告げる。
「ほ、報告します! 下級生チーム、15名。上級生チーム……11名!」
『うおおおおおおおおおおおお!!!』
下級生チームの歓声がグラウンド中に響き渡る。結果を聞くと、弾んだ呼吸を整えていたセイジはすぐさまアクション棒を足元に放り投げ、着ていたガクランを無造作に脱ぎ捨てた。実はこれまで暑くて仕方なかったのだ。体中から汗が滝のように流れ出ている。
「やったなセイジ!」
「よくやったぜ、お前!」
セイジの元に下級生チームの面々が殺到した。もちろん先陣を切ったのはらん丸である。肩やら頭やらところ構わず叩かれこづかれる。この勝利がセイジの尽力によるものなのは誰の目にも明らかなのだ。
「ええい暑い! 離れろ! 離れろ貴様ら!」
何人かが跳ね飛ばされた。しかし体中歓喜で一杯の団員達はセイジが不機嫌に喚くのにも構わずに騒ぎ続ける。だが、諸星がこちらに近づいてくるのを見た時はさすがに皆静かになった。
諸星はセイジの前まで来ると腕を組み、眉間にしわを寄せて揉みくちゃにされていたセイジを見下ろした。
「……やってくれたもんじゃのぉ」
「フン。恐れ入ったか」
「あの動き、我流じゃないのう。どこで覚えたんじゃ」
「天才だから出来る動きだ。聞いた所でおぬしには真似できん」
「教える気はないということかの」
周りの団員達が二人のやり取りをハラハラしながら見守る。応援団の中でも諸星にこんな態度が取れる者など、セイジを除いて一人もいない。
「棒を拾え」
諸星の言葉の意図が読み取れず目で問いかけるセイジ。
「おんしとサシで勝負がしてみたくなった。攻撃は有効面でなくても良し。手も足も自由に使える。勝敗は相手の皿を割るまで。どうじゃ?」
諸星が挑戦的に問いかける。
セイジは考える間を作らなかった。考えるまでもない事だったのだ。足元のアクション棒を拾い上げるとくるりと回して肩に担ぎあげる。
「フッ。面白い。その勝負、受けた!」
諸星はその答えに大いに満足したようだ。口の端を引き上げ、自分の胸に親指を突き立てる。
「わしの皿はここじゃ。割れるもんなら割ってみぃ」
「そのセリフ、泣いて後悔する事になっても知らんぞ」
竜虎
◇◇◇
諸星とセイジが互いに距離をあけ、副団長の合図で飛びかかる瞬間を、小太郎はハラハラしながら見守っていた。
小太郎だけではない。周りを取り囲んだ1年から5年まで、誰もが二人の動きに注目して息をひそめている。そんな中、
「セイジー、負けんじゃねーぞぉー」
悠馬の陽気な声が響いた。予想外の野次に小太郎が驚いて振り返ると、悠馬はニコニコと一人だけ場違いな笑顔を顔に貼り付けている。この状況で、ここまで他人事でいる団員はどこを見渡しても悠馬だけだ。
あそこで戦ってるの、あんたの友達じゃないのか? と、小太郎は心の中でそっと首を捻った。
「確かにあいつがすごい奴だって事は認めるけど……今回ばかりは相手が悪いぜ」
小太郎が話しかけると悠馬はその声ではじめてこちらに気がつく。
「おお、さっきの。その節はどーも」
先程セイジ達に真っ先に声を掛けたのが小太郎である。そこにやはり近くにいたらん丸が割り込んできた。
「どうして? さっきのリーダぁかなり活躍してたと思うけど。あそこまで完璧にカッコいいリーダぁってなかなか見られないんだよ?」
「んまあ確かに1年にしては半端ない強さだな。きっとどんなチームもほしがる。オイラんとこにも来てほしいぐらいだ。まあ、こんな事言っちゃいけないんだけどさ。今の内緒な?」
片目をつぶって口元に人差し指を立てる小太郎。悠馬が小さく首を傾げる。
「どうして言ったら駄目なんだ? 応援団ってのは元々がいい人材が揃ってるもんなんだろ?」
「だからなんだよ。援団に入れるオイラ達ほどの生徒がみんなくっついて組織を作り上げたら困んだろ? 自分達のチームから見込みのある仲間がどんどん出てっちまうんだから。だからよ、応援団員同士の勧誘は団員規則で禁止されてんだよ。こんなとこ団長にでも聞かれたら、規則違反で張り倒されるかもしんねえ」
最後には本当に背筋を震わせてそんなことを言う。
しかし実際は“困る”とかそういう簡単な次元の問題ではないはずだ。
学園の中にひとつの大きな勢力が出来上がってしまうと、他の小さい勢力達はどんどんその力に潰されていってしまう。競り合って実践力を上げていくことも出来なくなるうえ、仮にその勢力がギルティの集まりだったとしたら、ヒーローを育てることが目的の学園としては大変な痛手となるのだ。
悠馬はそう考えて大いに納得したが、そんな事をあえてこの少年に言っても仕方のないことだ。
「確かに、オレもメンバーからセイジがいなくなっちまったら相当困るからな」
そう答えるだけに留めておいた。
「おっ。あいつ、あんたんとこの?」
「そうそう、セイジには普段から色々と助けてもらってて、頼りになるんだよ。あいつがいなくなるなんてとても考えられねぇな」
「うんうん、そーだろうなぁ。わかるぜぇ」
その会話を横で聞いていたらん丸が人知れず顔を引きつらせる。まったく、よくもあんな適当な事がぽんぽんと口から出てくるものだ。普段は散々からかって遊んでいるくせに。大体セイジは自分で『
更に、誰かの傘下に入ることも絶対に無いと言いきれる。入学式当日、セイジは自分こそが学園一の悪者になると大勢の生徒の前で豪語したのだ。らん丸の非常に苦くも懐かしい思い出である。
らん丸が昔の事を思い出し感慨に耽っている間にも小太郎は話を進めていく。
「あいつは4,5年生にも引けを取らないし、さっきだって何人も倒してた。確かに1年の中では文句なしの強さだよ。でもな、それだったら諸星団長にだって出来んのさ」
彼の言うとおり、上級生ともなればそれくらいの実力を持った者も何人もいる。1年の中ではずば抜けていたとしても、学園全体から見たらその実力もどうだかは分からないということだ。
「何しろ団長は他の団の奴らにまで『鬼』と呼ばれて恐れられてるほどの、桁違いの強さだ。諸星団長と渡り合える奴がいるならぜひ見てみたいもんだけど、普通の人間じゃとても敵わねぇよ。いったいどこまで食い下がれるもんか……」
小太郎が知ったか顔でそんな事を並べ立てていた時だった。
ワァァ……ッ!
三人の周りで歓声が沸き上がった。
「また防いだ!」
「すげえ……! こんな戦い、なかなか見られねーぞ!」
興奮した団員達が口々に叫ぶ。
セイジと諸星の戦いは、もうとっくに始まっていた。生半可な相手では棒ごと叩き折られるような勢いで振り下ろされる諸星の攻撃をセイジは身を低くしてかわし、脇に入り込むと同時に横に薙ぐように棒を振り払う。しかし攻撃が体に届くよりも早く反応した諸星がそれを防ぎ、一瞬鍔迫り合いになったかと思うと次にはもう距離を離している。
壮絶な戦いだ。食い下がるどころではない。セイジと諸星はほぼ対等の力量をもってして戦っていた。
更に、その眼は両者とも異様なほど強く厳しい光を放っているにもかかわらず、口元には笑みさえ浮かんでいるのだ。
まるでこの競り合いを楽しんでいるかのように。
小太郎は何も言えずにその場に立ち尽くしていた。この極限の緊張状態の中で二人が笑っていることが小太郎には到底信じられなかった。
らん丸がそっと小太郎の隣に立つ。
「あのね。確かに諸星団長は『鬼団長』かもしれないけど、うちのリーダぁは『化け物』なんだよ。いろんな意味で」
「そ……そんな馬鹿な……」
呆然と立ち尽くす小太郎の、やっと口から漏れた言葉だった。
「玄人同士の戦いってのは見てるだけで勉強になるらしいからな、しっかり拝んどこ〜ぜ。鬼と化け物の戦いなんてなかなか見られるもんじゃねぇ」
「おれさっきの合戦であんまり役に立てなかったし、少しでもリーダぁのワザ見て盗んどかないと」
「お前で盗めるよーなレベルの小技なんてあったか?」
「悠馬はあったの?」
「ないな」
小太郎は呆然としたまま、横で和やかに話している二人にゆっくりと視線を移した。
ここにもいた。この状況で笑っている人間が。こんな壮絶な戦いを前に、あり得ない程ほのぼのとしている。自分も含め周り中が手に汗を握りながら戦局の行方を見守っているというのに、この二人の落ち着きようは一体何なのだ。
同じに思えた。あそこで戦っているセイジ達も、隣にいるこの二人も。自分とは確実に違う何かを持っているのだ。
その何かとはこの場合経験とか慣れとかいった類のものなのだが、まだまだ駆け出しの彼にはそんな事、知る由も無いのであった。
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