ライバルは 大体ここらで現れる②

「応援団かぁ〜」


 らん丸がほぅっと息を吐きながら呟いた。


「この学園の応援団って、ほんと〜にカッコいいんだよねぇ……」


 らん丸もまた、応援団に憧れる生徒の一人である。実際『赤虎ひのえとら』の活動さえなかったら入団テストも受けようかと思っていた程だ。

 それに対してセイジはというと、面白くもなさそうに鼻を鳴らしたのだった。


「断る」

「どうしてだ?」

「俺さまは忙しいのだ。そんなことに煩っている暇はない」


 体育祭が近くなると、正義ヒーロー悪者ギルティを問わずほとんどの組織が揉め事を避ける為に一時解散をしている。

 しかし『赤虎』のメンバーは、全員が1年“は組”、同じクラスである。その為、彼等は今でも委細構わず元気に組織の敵を追い掛け回しているのだった。らん丸が入団テストを受けられない理由もひとえにこの一点にある。

 取り付く島もないセイジの態度に、女教師は小さく息をついた。


「セイジ。大体君は、以前応援団からの誘いを断ったそうじゃないか」

「ええっ!? そうなのリーダぁ!?」

「初耳だぞ?」

「なんだ、言わなければいけなかったのか?」


 さも不思議そうに聞き返してくるセイジ。


「だって、すごいじゃん! 向こうの方から誘ってくるなんて! 応援団なんてみんな入りたがるんだよ!」

「そうか。お前入学する時の体力実技、学年一位で入ってきたんだっけ」

「ええっ! 本当っ?」

「聞くか?」


 悠馬はらん丸に向き直るとなぜかにやけた顔のまま語り始める。


「あの試験って直前にマラソンのタイムとってから水泳の総距離測るってゆーすげ〜意地悪な組み合わせだったろ? 普通でもあのくそ広いプールで五往復まで行けた奴は四割もいないってのに、こいつ、あのプール十往復したんだぜ」

「いっ……1キロ泳いだの!? あれだけ走った後に!!」

「そ〜そ〜、担当の先生なんて口開きっぱなしだったぜ。それでまだ続くか、と思った十一往復目の折り返しに、このバカ勢い余って壁に頭ぶつけてさ、悶絶してるうちにあっさりプール底に足付けちまったわけだ。ほんっとバカだよな〜」


 けらけらと笑いながら横にあるセイジの頭をバシバシ叩く悠馬。あれさえなければまだまだ行けたのだが……、とかなんとか真面目な顔でセイジが呟く。しかしそのまま何事も無く続いていたら一体どこまで行っていたのかということを考えると、とてものん気に笑う気分にはなれないらん丸だった。


「うわぁ……リーダぁの体力って底なしだね……」


 セイジの視力が異常に良いことは知っていたが、どうやら体力まで化け物並みらしい。すっかり話がズレてしまったのを見て、マチコは悠馬とらん丸に視点を変えた。


「ちなみに、そっちの二人はどれくらいまで行ったのかね?」

「オレ達ですか?」


 マチコの質問に二人はやや考え込み、


「六往復かな」

「おれ五往復と半分」

「え、お前そんなに泳げんの?」

「おれこれでも中学では体育の成績良かったんだよ! リーダぁみたいなの基準に比べないでよね!」


 ほっぺた膨らませて講義するらん丸に、悠馬は今までの事を思い返してみる。


「そう言われてみると……」


 これまではセイジの人間離れした所業に隠れて見えなかったが、らん丸も戦闘の中では十分活躍しているはずだ。例えば初めて敵を襲った日とか、レベルアップ試験の時の作戦N実行中とか、第五フィールドで悪の組織『五人囃子』と戦った時とか……。


「だ……駄目だっ……! いくら探してもセイジにどつかれていた記憶しか出てこない!」

「悠馬ひどい〜!!」


 放っておくとどこまでも話が転がって行ってしまいそうである。彼等のじゃれ合いを静かに見守ってやる程お人好しでないマチコは、無理矢理話の軌道修正を図った。


「それだけ基礎体力があるなら、二人とも基準はクリアしているな」

「「えっ?」」


 マチコの言葉にやっと意識を戻す悠馬とらん丸。


「入団の基準だ。本当は体力があればいいってもんじゃないんだが、この際この三人でも仕方ない」

「勝手に話を進めるな。俺さまは断ると言っただろう」


 さらりとひどい事も言っていたマチコだが、セイジは気づかずに声を荒げる。誰が相手でも容赦を知らないセイジの周りには早くも不穏な空気が漂い始めていたが、しかしマチコは慌てず騒がず、ポツリと決め手の一言を口にした。


「優勝したクラスは、半年間昼食タダ券が貰えるんだぞ」

「昼食タダ券だと!?」


 セイジの目の色が変わった。

 毎日のお昼ご飯と財布の中身との戦いは全国の高校生共通の悩みである。それはこのあくひろ学園の生徒達にとっても、またセイジにとっても共通することであった。

 特にセイジは、学生達の為通常よりも数段多く盛られているあくひろ商店街のメニューを更に特盛で頼む程、まさに成長期真っ盛りである。おかげでしょっちゅう金欠に悩まされている彼にとって、これは聞き逃せないものがあった。


「しかし、優勝と応援団と、一体どういう関係があるのだ?」

「応援団の出番は『演舞』と『合戦』の二つ。毎年どこの応援団が優れているかを点数で決める。この二つとも、配点はかなり高い。ただ競技種目に出ているよりも、応援団に入って一位になった方が余程、私達のチーム……《青龍セイリュウ》の優勝に貢献できるだろう?」

「…………フッ……」


 マチコの言葉を聴いていたセイジが小さく肩を震わせた。と思った次の瞬間、職員室中に響き渡る高笑いをあげる。


「フワハハハッ! そこまで言われては仕方ない! この俺さまが、その頼りない応援団に、じきじきに、力を貸してやろうではないか!」

「じゃあリーダぁ、応援団入ってもいいの!?」


 らん丸が身を乗り出す。


「喜べ! 俺さまが入るからには今年の《青龍》優勝は間違いなしだ!!」


 燃える瞳の奥にチラチラと“タダ券”の文字が見え隠れしているセイジ。

 他の教師達の視線を一身に集めるセイジの頭をマチコが教材で殴った。選んだのが分厚い国語の教科書の角というところがなかなか容赦ない。

 頭を抱えてうずくまるセイジを尻目に、マチコは机に向かうと仕舞われていた名簿を取り出す。開いたページの小見出しには『青龍・応援団員名簿』と書いてあった。


「それじゃあ君達三人、入団でいいな」


 しかし、そこで悠馬が口を挟んだ。


「悪いけど、オレはパス」

「え〜っ、悠馬やらないの!? なんで!?」

「なんでもなにも、ただでさえこの時期は学級委員会が忙しいってのに、その上わざわざ外出て練習する気にゃなんねぇよ」

「タダ券だぞタダ券!」


 早くも復活したセイジがしつこく強調する。彼にとってはよほど重要な部分らしい。


「オレ別に金に困ってね〜し。お前と違って金持ちだから……いてててて!」


 セイジを横目に飄々と言う悠馬。セイジに無言で耳を引っ張られて目に涙をにじませたりしている。

 頭のセイジさえ落とせばあとの二人も一緒についてくるとばかり思っていたマチコは、悠馬の意外な反応に驚いていた。

 マチコの視線に気が付いた悠馬が軽く首を傾げる。


「先生、どうかしました?」

「予想外の反応が返ってきたものだと思ってな……君達、年がら年中べったりくっついてる訳ではないのかとな」

「なんですかそれ……。オレ達別に、仲良しこよしで一緒にいるワケじゃないんですけどね」

「見てれば分かる。同じ組織なんだろう? ギルティの」

「ははぁ、やっぱり分かります?」

  

 らん丸が目を輝かせて身を乗り出す。


「先生、ギルティなのも分かったの? おれギルティっぽいかな?」

「それはこいつ見てれば一目瞭然だろ。世を忍ぶ気まるでナシじゃねーか」


 悠馬がセイジに一瞥くれながら皮肉っぽい口調で言う。誇らしげに胸を張るセイジ。


「フッ。まあそう褒めるな」

「あ〜そ〜か。お前にはこの手の皮肉は通用しないんだったな〜。すっかり忘れてたぜ」


 にこやかに毒づく悠馬。見ている限り十分仲良しこよしに見えるが、賢明にも大人なマチコがそれを口にすることはなかった。


「そ~ゆう事で、すいませんけどオレの分は他をあたって下さい」

「それなら……とりあえず、セイジとらん丸の二人は入団決定でいいんだな?」

「オッケ~ですっ」

「まかせておけ」


 威勢よく答える二人。


「じゃあ二人とも今日の放課後から第一運動場に集まるように。後の指示は向こうでしてくれるだろうから」

「は~い!」

「用件が終わったのなら俺さまはこれで帰るぞ」

「ああセイジ、ちょっと待て。君達を呼んだ理由はもう一つあるんだ」


 職員室を出て行こうとするセイジを、帳簿を閉じたマチコが呼び止めた。


「両手を出してみなさい」

「両手? ――ぬおおおおっ!?」


 訝しみながらセイジが出した手の上に、ノートがうず高く積みあげられた。急に与えられた重量にセイジの頭の位置が20センチほど沈み込む。


「次の時間は私の国語だ。そのノートを教室まで頼む」


 そう告げて、マチコは自分用の教材を手に席を立った。



◇◇◇

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