八番勝負 -体育祭編1-
〜セイジ VS 青団応援団長〜
ライバルは 大体ここらで現れる①
〈
それがあくひろ学園の存在意義だ。
しかし、光ある所に影が出来るように、学園は優秀なヒーローを生み出すと同時に数多の〈
“正義”と“悪”が同時に存在する学園内では、毎日のように戦闘が繰り広げられている。
それでも学園側はある程度までのギルティの存在は黙認してきた。
実践が何よりの成長だという教育方針を下に、脱落者はヒーローになる事を諦めて“一般科”へと編入しなければならない厳しい措置も置かれている。
そんな訳で、“戦闘科”“科学科”“守護科”“一般科”には約3500人もの生徒達が集い、大小の組織やチームを結成し、日夜、抗争を続ける――それが、あくひろ学園という場所なのであった……。
◇◇◇
あくひろ学園は一見木造校舎の簡素な造りだが、実は職員の間でのみ知られる秘密の通路というものがある。
生徒の目に付かない地下に作られたその通路は表の木造とは違い、石・鉄・コンクリート、その他ありとあらゆる頑強な物質が使用され、中には質感も特徴も一体何の素材を使っているのか見当もつかないようなものまである。
その部屋は、そんな通路をいくつも曲がった先に位置していた。
部屋の中は電球の類がどこにも見当たらず、代わりに四角形に並べられた机本体が優しい光を発している。そこにはすでに多くの職員達が座っていた。
大理石のような質感の――しかしなぜだか温かみのある――扉を開け、女教師・小野マチコが入ってきた。
「遅くなりました」
女教師は後ろ手に扉を閉めるとずらりと並ぶ他の職員達の後ろを通り、席の一つへと着いた。
それを見届けると、部屋の最奥に位置する席から声が発せられる。
「皆、揃ったか?」
厳格な声の持ち主は、この学園の長、銭形平蔵だ。平蔵は返事を貰う代わりに視線のみを順に移動させ、空白の席がなくなった事を確認した。
「それではこれより、職員会議を始める」
平蔵の言葉をきっかけに真っ先に立ち上がったのは、自称『悪漢熱血体育教師』ことレスラー=ヘラクである。ただでさえ彫りの深い輪郭が下から照りつける光でより一層際立っている。
「今回の事はぜひ、体育教師である我々に全て任せていただきたい」
レスラー=ヘラクは分厚い胸板を自信満々に広げて見せ、
「なあに、体育専科は日頃から生徒達を手懐ける事が出来ています。必ず成功させられるでしょう!」
その言葉には隣に居並ぶほかの体育教師も口々に同意した。いずれも全身ムッチョマッチョした人達である。
「何をおっしゃいます、へラク先生」
そう言って反対側の席から立ち上がったのはロボット専科の教師・
「これはただ体力を競うものではないのですよ。“守護科”“科学科”“戦闘科”“一般科”。全ての生徒達が自分の力を見せ付けることの出来る、絶好の機会なのです。あなた達に任せたのではただのどろんこ遊びになりかねません」
この二人は普段から何かと張り合っている。また始まったかと、他の専科の教師達は揃って密かにため息をついた。今回の議題は数学や国語の教師達にはあまり関わりの無いものだ。すっかり聞き役に回っている。
「大体体育の先生方は生徒を上手く
直江の言葉に他の機械・ロボット工学分野の教師が「そうだ!」と声を挙げた。途端に苦々しげに表情を歪ませるレスラー=ヘラク。自ら悪漢を名乗っているだけにその顔は迫力に満ちている。
「聞き捨てなりませんな直江先生。それでは先生は我が学園の悪ガキ達と一体どのように接するべきだと言うんですかな」
「それは……“愛”ですよ」
直江は白い歯をきらりと光らせ、とくとくと語り始めた。
「どんな子供達にも等しく愛を与えてやれば、子供達もそれに答えてくれるはずです。全ての人は愛によって支えられている……そう、おけらだって、ミミズだって、あなただって、愛は世界を救うのですよ!」
「ハッ。馬鹿馬鹿しい限りですな。教師が体ごとブチ当たらずに、生徒の本音が聞けるわけが無い!」
いつの間にか会議から教育方針のあり方へとすり替わっている話題に小野マチコは内心うんざりしつつ、静かに席を立ち上がった。
「直江先生。へラク先生。教育熱心なのは大変結構ですけれど、そろそろ話を元に戻していただけますか?」
二人は同時に振り返ったかと思うと、途端に形相を崩す。
「これは……小野先生」
「あなたの仰るとおり。いや失礼いたしました」
いそいそと座りなおし、そんな互いの様子を見てまたまた火花を散らせる。この二人、いつもマチコ本人の意思を無視したところで勝手に『マチコ先生争奪戦』を繰り広げていたりするのだが、それはまた別の話である。
今まで黙ってその成り行きを見ていた平蔵だが、騒ぎが静まったのを見ておもむろに懐に手を入れた。
「各々方、せっかくじゃが、争う必要は全くないぞ。今回の計画は、すでに全て決まっておる……」
全員の視線が集まる中、平蔵は取り出した巻物を
「これじゃ!!」
教師達の視線の先、力強い毛筆書きで巻物の冒頭に書いてあったのは――……
『体育祭 進行ぷろぐらむ』という文字だった。
◇◇◇
第一運動場。それが青団こと《青龍応援団》の練習場所だった。
今年の青団団長は4年の諸星七緒。一年目から毎年応援団に入り、三年目で早々と副長の座に着いたつわものだった。
丈の長い学ランの袖をまくり上げ、仁王立ちで練習風景を監視している諸星は、見た目通りの剽悍な性格の持ち主だ。オールバックの黒髪に同じ色をした厳しい瞳を持ち、肌はなめし革のように浅黒い。
そんな諸星に、彼よりも頭ひとつ分は背の高い男が近づいてきて耳打ちをした。身長だけでなく分厚い筋肉に覆われたその体も諸星より一回り以上大きかったが、部下である応援団員の一人である。
「なにぃ? 青団に入りたいとぬかす輩がいるじゃとぉ?」
本番が間近に迫り殺気立っていた諸星の表情が、見る見る険しさを増していく。
「阿呆ッ!! 体育祭が何日後だと思っとるんじゃ! そんな下らん事いちいち報告しにこんと、とっとと叩きだせぃ!」
「お……押念!」
腹の底までずしんと響く怒号に背筋を震わせ、団員は転がるように駆け戻っていった。
引き続き監視を続けていた諸星の背中がポンポンと叩かれたのは、それからしばらくたってからである。
「なんじゃ、追っ払ってきたんか――」
振り返った先に当然あると思われた団員の顔が見当たらず、諸星は言葉を途切らせる。
「えと、団長さんですか?」
声のした方向……頭二つ半ほど下に顔を向けてみると、背の小さな男子生徒がどこか困ったような笑みを浮かべてこちらを見上げていた。
「わざわざ尋ねてきた相手に対していきなり武力行使とは、あまり感心せんな」
次に掛けられたそんな言葉にすかさず怒鳴り返そうとした諸星だが、ふと気が付いた。今の声の持ち主は最初に声を掛けてきたこの生徒とは別のものだ。
落ち着いて改めて辺りに視線を向けてみると、一人目より遅れてこちらに歩いてきたらしい二人の生徒がいた。二人に片方ずつ腕を担がれ引きずられるように運ばれているのは、先程諸星にどやされ運動場の入り口に走っていった団員だった。
「問答無用で相手を気絶させといて、よくゆーぜ」
苦々しい口調で言った三人目の声の持ち主が、不機嫌そうに団員の半対側にいる少年を睨みつける。
よく見たら三人の制服は赤いネクタイである。まだ1年生だ。
諸星の全身に瞬時に敵意がみなぎった。
「――なんじゃ、おんしたちは」
こちらの様子に気が付いて、他の団員達も諸星と突然の闖入者の周りを取り囲む。全員、一様に険しい表情だ。
「たった三人でうちに殴り込みにでもきたんか? わしもずいぶんナメられたもんじゃのぉ……」
諸星の視線が冷たい刃のように相手を射抜く。辺りの空気は諸星の一声さえあればすぐにでも乱闘が始まりそうな程緊迫していたのだが、三人のうち一人が、この場の空気には似合わないワザとらしいため息をついた。
「ほぅら、やっぱり誤解された。だから言っただろ? セイジ」
涼やかな声でそう言うのは、団員を抱えているうちの片割れ。声だけでなく顔立ちもスタイルも中々のものだ。
手前にいた一段と背の低い少年はなるべく穏便に事を済ませようと顔に精一杯の笑みを浮かべている。
「あっあのっ。おれ達、小野先生に頼まれてきたんです!」
怪訝そうに少年を睨む諸星。
「小野先生じゃと?」
諸星の問いに、三人の不審人物は順番に名乗りを上げた。
「どうも初めまして。1年“は組”の悠馬です」
涼やかな声の少年が言った。
「も、毛利らん丸です!」
背の低い少年が言った。
「同じく、セイジだ」
そして残った少年がそう言った時、
ザワリと。
周りを囲んでいた団員達がどよめいた。
その名前は、上級生達の間では知る者も多い名前だった。しかしその内容は大きく二つに分かれる。
入学時、厳しい体力実技でずば抜けた成績を修めた者の名として。
そしてもう一つは、入学早々から色々とやらかしている問題児の名として。
「“は組”のセイジぃ……? おんしが、1年“は組”のセイジじゃと?」
諸星がセイジに近づいていき、遠慮なく上から下まで眺め回す。
セイジと名乗った少年の身長は170センチ程度。決して大柄とは言えない体格に、身体も綺麗に筋肉は付いているがまだ少年らしい未成熟さが窺える。
雑に切られてハネ返った短髪がいかにも性格を物語っているセイジは睨まれたら睨み返す主義のようで、視線が合ったところでしっかり諸星にガンを飛ばしてきた。
一層不穏な空気が濃くなる中、突然、諸星が高らかに笑い声を飛ばした。驚いて目を丸くするセイジ達に、剽悍な応援団団長はニンマリと笑いかける。
「なかなか度胸のある男じゃのう! 気に入ったわい!」
そう言って諸星は、三人の闖入者に右手を差し出したのだった。
「わしは 《青龍応援団》 団長の諸星じゃ。よろしくのぅ」
◇◇◇
事の始まりは五時間程前にさかのぼる。
セイジ、悠馬、らん丸の『
三人は学園にある学科のうち、“戦闘科”の生徒である。
“戦闘科”はその名の通り元々悪と戦う事を目的とした戦士を育成する学科だが、この三人は入学と同時にセイジをリーダーとした悪の組織『赤虎』を作り上げ、〈
その三人が、お前がこないだのテストカンニングしたのがバレたんだだのいや教卓に〈かざぐるま〉で穴あけたのがバレたんだだの通りすがりの女の子ナンパして生活態度がなってないのがいけないんだだのと言いながらやかましく職員室に入ってみると、その用件は全く見当外れのものだった。
「君達、応援団に入る気はないか?」
「応援団だと?」
「今からですか?」
あくひろ学園の生徒達は今、体育祭の準備に大いに盛り上がっている。当日が三日後に迫っているのだ。皆が意気込むのも当然だろう。そんな時期になって今更応援団に入れというのだから、セイジ達のあげた疑問も最もだった。
体育祭ではクラスごとに六つのチームに振り分けられる。そしてそのチームは、それぞれのカラーにちなんだ名称で呼ばれていた。
即ち、 《赤富士》《白神》《青龍》《緑水》《江戸紫》《銀柳》 である。
そんな体育祭で最大の人気を誇るのが、チームごとに組織される応援団だ。その人気は“戦闘科”のほとんどの生徒が、一度はなってみたいと憧れる程である。そのため入団するにはとても厳しい試験に合格しなければならないのだ。
「色々と事情があって新しく1年のメンバーが三人必要になってな。応援団の顧問として放っておく訳にもいかないだろう」
「おぬし、応援団の顧問だったのか?」
「形だけだがね。大体の事は団長の諸星に任せてある」
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