ライバルは 大体ここらで現れる③

◇◇◇



 その頃、1年“は組”の教室ではちょっとした騒ぎが起きていた。


「あれ? 俺の消しゴム知らね?」

「あっ、俺のもねぇ!?」

「やだぁっ! ノートの使ってないページが全部なくなってる〜!」

「うわっ!? お前なんで裸にネクタイしてんだよ!?」

「え? ……本当だ! いつの間にか着ていたYシャツがない!! 卸したての新品だったのに!」


 クラス中が混乱し始める中、突如、学級委員のゆかりが席から立ち上がり声を張り上げた。


「あなた、うちのクラスの生徒じゃないわね!?」


 ゆかりが指し示す先には、一人の男子生徒の姿。


「なにっ?!」

「本当だ!」

「誰だお前!」

「ワッツ ユー ネーム!?」


 “は組”の生徒達に注目される中、その男子生徒は慌てることなく、ゆっくりと口元に笑みを湛えた。


「――やっと気がついたみたいだな、間抜けな“は組”諸君!」


 着ていた服を無造作に掴んでベリッと引っぺがすと、その下から全身白い服に身を包んだ姿が現れる。頭に巻いたハチマキに、丈の長い学ラン、ズボンにベルト、靴に至るまで、その全てが白一色だ。その背中には大きく『白神万歳』とか書かれている。


 その予想外の登場に、“は組”生徒は完全に圧倒された。正体を現した後の方が服のカサ増してんじゃねーか、などとツッコミを入れる余裕のある者は一人もいない。


「あなた、何者よ!?」


 ゆかりが厳しい口調で問いただす。それに対し男子生徒はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりにキラリと歯を光らせ、途中三回ほどポーズを織り交ぜながら堂々と名乗りを挙げた。


「《白神応援団》、1年“わ組”の土方トシヤとは、オレの事さ!」

「《白神》だと!?」

「敵のスパイだ! 捕まえろ!」

「ハッ。そうはいくか!」


 向かってくる“は組”の生徒を次々と軽い身のこなしで避けていくトシヤ。


「しっかりしなさいよ男子!」

「うら―――っ!」

「待て―――っ!」


 ゆかりの檄と、“は組”生徒の怒声が教室内に入り乱れる。

 その声は、三人で仲良く分担してノートを運んでいたセイジ達の耳にも届いてきた。


「やけに騒がしいな。あいつら何やってんだ?」


 そう呟きながら悠馬がクラスのドアに手をかけた時である。



 ドガシャァァッ!



 内側からドアが思い切り蹴り破られた。

 ブチ抜いたドアの上に颯爽と立ち、トシヤはいつの間にか手にしていたサンタクロースのような大きな袋を、大振りな動作で肩に担ぎ上げる。


「《青龍》の連中はどんな奴等かと思って来てみたが、《白神》の敵じゃあないな! 土産代わりにこのクラスの白色のものを貰っていくぜ、あばよ! は〜はっはっはっはっ!」


 爽やかな高笑いを発しつつ、トシヤはどこかへと走り去って行った。

 “は組”の全員がそれを呆然と見送っていると、先程までトシヤが乗っかっていたドアがゴトリと動いた。その下で、ノートの散乱する床からゆっくりと顔を上げた悠馬が低く声を絞り出す。


「…………誰だ。オレの上でムカつく高笑いあげてった野郎は……」


 ドアが蹴り破られた時に運悪く正面に立っていた彼は、そのまま下敷きになって押しつぶされていたのだ。

 ゆかりがその姿に気が付き、視線を落とす。


「あら、いたの悠馬君。今のは“わ組”のトシヤ。《白神》の応援団員よ。自分でそう名乗ってたわ」

「《白神応援団》の……トシヤ……?」


 赤くなった鼻をさすりながら、悠馬はゆらりとその場に立ち上がった。


「らんやセイジならともかく、このオレを踏みつけにしていくなんて……許せねえな……」


 悠馬の背後から怒りの炎が立ち昇った。静かに音もなく、しかし確実にその勢いを増していく、青い炎だ。


「今年も始まったようだね」


 後ろの方で騒ぎを静観していたマチコがゆっくりと歩き出した。硬いヒールの音を響かせ散らばるノートをものともせずに廊下を進んでいく。


「敵の応援団による妨害工作。相手を挑発したり軽い嫌がらせをするのなんて日常茶飯事。応援団に入っているのは学園でも選りすぐりの精鋭ばかりだ。普通の生徒ではまるで歯が立たない。敵の応援団の妨害を止められるのは、同じ応援団のみという事だな」

「応援団……のみ……」


 らん丸がごくりとつばを飲み込んだ。


「加えて今年の《青龍》クラスで応援団が一人もいないクラスはここだけだ。敵からしてみればまさに恰好の的。これからは白団だけでなく、他の応援団達もこぞって嫌がらせに来るだろうね。まあ、教師の私には関係のないことだがね」


 冷たく言い放つマチコの背中に悠馬が声を掛けた。


「小野先生」


 口元にはいつも通りの薄い笑みを浮かべ、


「……気が変わりました。是非、入らせてもらいますよ、応援団」

 その目はとことん据わっている。

 セイジが悠馬の肩に手を掛けニヤリと笑った。


「俺さま達三人でな」

「よーし、ガンバるぞ〜っ!」


 隣でらん丸もガッツポーズを作る。

 マチコが歩みを止め、振り返った。先程の冷たい口調とは一変して悪戯っぽい笑みを口元に浮かべている。どうやら、わざわざ挑発する必要もなかったようだ。


「諸星に伝えておこう、イキの良いのが三人入ったとな」

「よろしくおねがいします」


 にっこり笑って言う悠馬。この時点でそれまでの雰囲気をきっぱり拭い去っている。一見しただけでは怒っている様子など微塵もない。

 こどものクセになかなかどうして食えない奴だ……と心の中で思いつつ、マチコは話を切り上げ“は組”の教室を振り返った。


「さあみんな、いい加減席に着きなさい。体育祭は国語の授業とは何の関係もないからな」


 そうは言ったものの、あの騒ぎの後だ。教室内はなかなか収拾がつかなかった。


「先生ー、私の定規が持ってかれました〜」

「俺消しゴムー」

「僕、シャーペン」

「誰か体操着ぷり〜ず! オレ風邪引いちゃう!!」

「私の机どこぉ?」


 六月の半ば頃にセイジが暴れて教室内を荒らしたことがあったが、今の室内はその時以上の惨状だ。

 マチコが苦々しくため息をついた。この時期、こうした授業に関係ない事件が多発するのが困りものである。

 散乱したノートも回収し、やっとのことで落ち着きを取り戻した“は組”で十分遅れの授業がやっと開始される。


「それでは、前回の続きから始めます」


 くるりと黒板に振り向いたマチコは、更に深々とため息をつく事となった。


「……誰か、職員室から白いチョークをもらってきてくれないか」



◇◇◇

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