お買い物 値切るはレディの嗜みです②


◇◇◇


 首尾よく教師の許可を手に入れた二人は、科学研究室のある水鏡棟へと向かった。

 水鏡棟は“科学科”の3~5年生の普通教室の他に、色々な分野の研究の為の特別教室が多く用意されている。更に校舎から離れた場所に製作工場や屋外実験場などが置かれ、学園内では“科学科”所属の建物がダントツで多い。

 水鏡棟の三階は全て実験室と研究室とで占められていた。そこの階へ上がるのには、まず階段の手前にある扉でカードキーが必要となる。 木造校舎からは浮きまくるその扉をくぐり階段を上がると更に物々しい遮蔽扉があった。


「随分警備が厳重なんだな」

「あら、こっちの扉はセキュリティ用ではないわ。鍵だって付いていないのよ。万が一爆発事故が起きた際を想定して、被害がこの階だけに留まる様に設置されているだけだわ」

「それは…………いざというときの備えがあって安心というべきか、そんな危険が想定されるような場所に足を踏み入れるのはゴメンというか……」


 なんとも反応に困るあかね。しかしアサギがまったく気にせず歩いていくので、仕方なくあかねも後をついて行く。

 そうして入った研究室の一室で、アサギは少しの間あかねを待たせ、先程入手したばかりの最後の部品の取り付けに取り掛かったのだった。

 あかねは研究室の中をもの珍しそうに見渡す。

 想像では怪しい装置や何らかの実験動物などが入れられたカプセルが所狭しと陳列されている光景を思い浮かべたが、意外にもそういった現実離れした光景と出くわす事はなかった。

 窓がない室内には数台のパソコンと、ガラス張り(ではないのかもしれないがあかねにはそう見える)で仕切られた先には作業台が置いてあり、電動ドリルやら半田ゴテやらホームセンター辺りで見た事のあるものから、あかねも初めて見るような名前も用途も判らないものまで、あらゆる工具が取り揃えてある。

 棚やドア周りには『整理整頓』『使ったら戻しましょう』『工具は正しく使いましょう』『工具の無断改造禁止』といった注意書きが貼ってある。

 ガラス張りの向こうで何やら作業するアサギは、服の上に前から袖を通すタイプの作業着を羽織り防護ゴーグルとグローブを付けて旋盤作業にあたっている。普段の楚々としたお嬢様風の見た目とのギャップがあり、あかねはしみじみとその光景を眺めた。

 作業を終えて戻ってきたアサギに感心したように言う。


「凄いね、アサギってこんな道具扱えたんだ」

「あら、私の本分は研究開発の中でも設計やデータ抽出のデスクワーク系よ。設計図を基に物を作る技術開発系の専攻の方達と比べたら、出来る事には限りがあるわ。学園の設備ももっと大きい研究室ではこことは比べられないわ」


 “科学科”――正しくは“科学技術科”と呼ばれる――といっても、その中では大きく二つのタイプの人間に分かれる。所謂研究肌の科学者サイエンティストタイプと、実際に現場で組み立て操作する技術者エンジニアタイプだ。一見全く分野の違う二つのタイプだが、新たな技術やロボットの開発にはどちらも欠かせない人材だ。各々のスキルを持つ専攻を同じ科に属する事でよりスムーズで効率的な成長を見込んでいるという訳である。


「それよりも、お待たせ。これがあかね専用の、防御と攻撃を兼ね備えた〈勝負籠手ドッグナックル〉よ。サイズに問題がないか装着してみてくれる?」


 アサギが差し出したのはフィンガレスグローブだった。手首の部分にごってりと幅広で肉厚な白い装飾が付属している。

 あかねの両手にはめられたグローブをアサギが操作すると、装飾が変形した。

 上部が持ち上がり、手の甲を覆う。その反対からは手首から肘の半ばまでをガードする流線形のプレートが現れる。全体的に白く滑らかなボディだ。


「おおーっ。で、これはどんな機能があんの!?」


 テンションを上げたあかねが付け心地を確かめるように虚空にパンチを繰りだす。少し重さを感じるが負担になる程でもない。むしろ重量がうまくスピードに乗れば重い拳となるだろう。


「この〈勝負籠手ドッグナックル〉はインパクトと同時に電撃を起こすわ」

「スタンガンみたいな奴ね!」

「そこまで強力ではないから、『赤虎』の装備越しでの威力でいえば恐らくビリビリペン位ね」

「ちょっとした嫌がらせレベル?!」


 それではいくら殴っても電撃によるダメージは与えられないが、一発殴る度にチクチク電流が走るというのも、中々精神的に嫌な感じがする攻撃だ。


「まだ機能はあるわよ。攻撃部分の手甲の形がモードチェンジするの。モードは複数あるわ」

「ってことはチェンジすると新しいパワーが……?」


 アサギが〈勝負籠手ドッグナックル〉を操作すると、シャコン、という軽い音と共に攻撃面にラグガキのような子犬の絵が現れる。


「殴られたらこのプレートの形にあとが残るわ」

「やっぱ嫌がらせじゃん?!」


 凹凸で打撃力を増し、更に変な痕を残して精神的にもダメージを与える。物腰柔らかなフリをして結構な性格である。


「なぁんだ。こんな物々しい場所に来るからどんな凄い効果がつくのかと思ってたのに。いやこれも十分凄いけどさ……もっと景気良くいけなかったわけ?」

「グレードアップする程コンパクトとはかけ離れて行くわ。あかねは“一般科”で変身できないんだから、必要になった時にすぐに使えるように、普段から装着できる邪魔にならないサイズにしたのよ」


 ごもっともな理由だが、元来派手好きなあかねはなおもつまらなさそうだ。


「ほら、なんかこう、もっと火がバーッとなるとかさ」

「あら、やっぱりそっちの方が良かった?」


 アサギが小さく首をかしげる。


「インパクトと同時に炎を巻き上げる試作モデルもあったのだけど……そっちの方が良かったかしら?」

「なんだ、そ~ゆ~のもあったの? どう考えてもそっちの方がいいでしょ!」

「ついでに装着者も炎に巻かれてしまうのだけど……あかね我慢できる?」

「出来るか! 生身で炎に巻かれたら死ぬっつーの!」

「今後のデータ収集の為にいっそ試しに巻かれてみるというのも……」

「いいわけないでしょーが! この悪徳科学者!」


 あかねの言葉にアサギは傷ついたような顔をする。


「心外だわ。私は元ヒーロー組織の研究員だったのよ。困ったものね。ビリビリパンチもナックルプレートも気に入らないとなると、後は精々ジェット噴射による瞬間加速で攻撃力を上げるくらいの普通の機能しかないわ」

「いや充分な機能ついてるじゃん!」


 何故まともな機能の説明の時は残念そうなのか。この元“科学科”の友人は常にどこか浮世離れした考えをしているが、武器の開発に関しても同じことが言えるようである。


「そういや、どうしてアサギは“科学科”やめて“一般科”に来たんだっけ?」

「ヒーロー組織だとあれは駄目これは危険って何かと厳しくて、何を作るのにも制限があるの。ヒーローの体裁に関わるのですって。だからといって悪の組織に入るわけにもいかないでしょう?」


 ハァ、とせつなげなため息をつくアサギ。


「ジレンマだわ……」

「…………一体ヒーローの体裁に関わるような何を作ったのやら……」


 気にはなったが、友人のダークサイドが垣間見えそうで敢えて聞くのをやめたあかねだった。

 冗談のように言ってはいるが、当時のアサギは正義感と探究心の狭間で悩んだ末に、科学者としての道を諦めたのかもしれない。悪の道には走れない、かといってヒーローの元にいても本当に作りたいものはつくれない。そんなもどかしい想いが続くのならいっそ全て放り投げてしまおうと。

 元は“戦闘科”のヒーローだったあかねにも判らないでもない感覚だった。でも、この研究室で作業をしているアサギの姿はとても真剣で、こここそが彼女の本来居るべき場所なのだと思わせるものがあった。本当はまたこの場所に戻りたいと思っているのではないか……と。

 あかねはその思いは口にせず、話を切り替えた。


「さぁ~て! せっかく新装備も手に入れた事だし、ギルティの一人も襲ってこないもんかね!」


 ガシンと両拳の手甲を突き合わせてそんな威勢のいい事を言う。


「まあ。それだとまるで襲ってきてほしいみたいだわ。本当にあかねったら困った人ね」


 やんちゃなあかねの物言いに口元に手を当ててうふふと笑うアサギ。


「で、結局アタシにここに来てほしい理由ってのは何だったの? 特に何もしてないと思うんだけど」

「これはあかね専用の装備だから、ピッタリ合わないようならこの場で微調整が必要だったのよ。小さい中に色々詰め込んだせいで、計算がずれると回路がちょっとアレな事になって漏電した電流がアレしてあかねがアレするから……でも特に問題ないようだから大丈夫よ」

「ねえ大丈夫? それ本当に大丈夫?」

「あらあらうふふ」

「それ冗談だよね、ちょっとアサギ!?」


 しきりと不安がるあかねの様子にもやはり口元に手を当ててうふふと笑うアサギ。

 もちろん答えは最後までなかった。



◇◇◇

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