休戦

~少女たちの余暇~

お買い物 値切るはレディの嗜みです①


 あくひろ商店街の裏路地の最も奥に、ひっそりと建つ一軒の小さな店。手作り感あふれる看板には『トーマスの店』とだけ書かれ、飾り気の無い茶色の扉には“Open”と記された小さな板が引っさげてある。

 本来、こんな場所にある何屋かも判らないような店に誰かが来るとはとても思えない。しかし意外なことに、店の中には今、一人の来客があった。


「……それじゃ、こいつが注文の品だ、アサギちゃん」


 そう言って狭い会計台に8センチ弱の部品を置いたのは、店主、鳥枡栄治だった。どこか人生に疲れたようなタレ目に、手入れのされていない無精髭が面長の顔をやつれたように見せ、実年齢よりも数段年をとって見える。薄汚れた着衣に、肩まである縮れ毛の上から目深まぶかに被った帽子は、誰が見ても怪しいことこの上ない風貌だった。

 ただでさえ狭い店内はそこら中にガラクタがひしめき、もはや足の踏み場も無い程だ。そんな中にひとり立つ深谷アサギは栄治に何か言われる前からすました顔でガラクタ達を足蹴にし、勝手に足の踏み場を作ってしまっている。


「お代は特別価格、8000円だよ」

「等価交換でいいかしら」


 間を空けずに切り返すアサギに、栄治は困ったように後ろ頭を掻く。


「またかい? この間の品物もそうだったじゃないか。あれは今ではウチ以外扱ってない貴重な物だったんだよ?」

「風力を他の力に変換させる装置ね? 他で扱わないのは、用途があまり無いからじゃないかしら。風力の変換はあまり効率のいいやり方が見つかっていないもの。戦いの中で使おうとするほうが無謀だわ」


 にっこり笑ってぼろくその評価を与えるアサギ。


「風を他の力に換えずに風として利用した方がよほど効果はあるわ。風はあらゆるエネルギーの中でも特に創りやすいものだから。有効な利用法として〈芭蕉閃インセクター〉の設計図を差し上げましたでしょう?」


 アサギの言葉通り、少し前に売ったはずの風力変換装置が設計図の中に風力増幅装置となって組み込まれていた時には、栄治は目を剥いて驚いた。アサギが装置に手を加え、すっかり別の物にしてしまっていたのだ。


 〈芭蕉閃インセクター〉と名づけられたアサギ作の扇は、これからの改良次第でいくらでも可能性を広げられる代物だろう。


「人間も吹き飛ばせることはすでに実証済みですわ」


 優しげに微笑むアサギに栄治は言葉をなくし、ガラクタ山の一部から使い古した煙管セットを取り出した。慣れた手付きで火を点けるとぷかりと煙を浮かばせる。


「しかしねぇ……。ウチにお客がいないのはアサギちゃんもよく知ってるだろう?」


 ため息の変わりに吐き出した煙管の煙を、アサギはそ知らぬ顔で足元に落ちていたうちわで押し戻す。


「それにこの部品をこの大きさに削るのは中々骨が折れたんだ。物々交換にしても5000円は現金で払ってもらわないと」

「〈芭蕉閃インセクター〉の改良型の設計図、三つでいかがかしら?」


 アサギがにっこり笑ったまま紙の束を取り出した。


「いや、だから……」

「・・・・・・・」

「こっちも商売だし……」

「・・・・・・・・・」

「さすがにタダってワケには……」

「・・・・・・・・・・・」


 微動だにしないアサギの笑顔に栄治はすっかり気圧され閉口する。ただでさえどこか気が弱そうな顔をしている栄治だが、実際のところ顔だけでなく本当に気が弱いらしい。

 栄治は今度は本当に深いため息をつき、机の上の部品をアサギに差し出した。


「……持ってきな……」

「ありがとう。トーマスのおじさま」


 アサギが隣に設計図を置き、代わりに部品を手に取る。ペコリと優雅にお辞儀をして出て店を行こうとしたアサギに、栄治が背中から声をかけた。


「アサギちゃん、もう一度科学者を目指してみないかい? 君ならきっといい開発員になれるよ」


 扉を閉めかけていたアサギは首だけ振り返ってみせると、にっこりと微笑んだ。


「考えておきますわ」


 そう言い残して、アサギは扉の向こうへと消えていった。

 なんだか軽くあしらわれてしまったようで、栄治は再び煙管をくわえると、ため息代わりの煙を吐き出すのだった。



◇◇◇



「お、お帰りアサギ。目当ての何とかって装置は無事貰えた?」


 買い物から帰ってきたアサギに赤石あかねが声をかけた。


「ええ。快く譲ってもらったわ」


 しれっとした様子で答えたアサギだ。


「どこの店だか知んないけど、一円も払わずに大事な部品くれるような所がホントにあんの? まさかアサギ、店主の弱みでも握って脅しつけてるんじゃあ……?」


 冗談交じりのあかねの台詞に、アサギはくすりと笑いを漏らす。


「あら、私はあかねのように力が強くないもの。そんな事とてもできないわ」


 いまひとつ真意の読み取れない微笑みである。

 アサギは現在二年生だが、それにしては幅広いコネや情報網を持っている。あかねの全く知らないような方面の付き合いも色々とあるのだろう。“一般科”となった今でも時たま“科学科”専用の教室に出入りをしているくらいだ。


「ところで、今回もそのまま研究室に直行するんじゃなかったの?」

「それが、今日はあかねにも付き合ってもらおうと思って」

「へぇ? そりゃまたどうして」

「以前からあかねに合わせて造っていた武器があったでしょう? それの試作が出来上がったから、あかねに使ってみてほしいの」

「おお、いいよ。それじゃあ今準備するから、ちょっと待ってて」


 揃って寮を出た二人はそのまま月見棟にある職員室へと向かった。

 放課後で席を離れている教師もちらほらいたが、アサギの目当てとする人物は自分の席につき、仕事をしているところだった。


「直江先生」


 アサギの呼びかけに一人の教師が振り向く。

 いかにも科学者然とした白衣を羽織った彼は、輝くような金髪を後ろでひとつに纏め、男としては嫌味なほどに長い睫毛が大きな明るいブルーの目を覆っている。

 彼はロボット専科教師の直江兼。

 その風貌は明らかに西洋の血が色濃いようだが、その割にはいかにも日本人らしい名前である。実際のところ実に流暢に日本語を操り、イギリス語だのフランス語だのを話しているところも一切見かけたことはない。

 レスラー=ヘラクといい直江兼といい、どうやらあくひろ学園の教師には国籍不詳の者がやたら多いようだ。

 呼びかけられた直江兼は、アサギの姿を認めるとにこりと微笑んだ。


「どうしました? アサギ君」


 どちらかというと『くどい』部類に入る直江の顔だが、彼の口から出る声は、吟遊詩人のように甘く軽やかに響く。遠目に見れば眉目秀麗の外人教師のようだ。


「先生、研究室の使用許可をいただきたいのですが」


 アサギの言葉を聞いた直江兼は、小さく、憂い混じりのため息をこぼした。


「おお、アサギ君。君のように優秀な生徒は私の方としても是非歓迎したいと思っていますよ。ですが、科学研究室とは本来“科学科”の生徒が使ってしかるべきもの。君の優秀さはもちろん知っていますが、そう何度も関係の無い者が使用をするのはあまり都合がよろしくないと思うのですよ」


 遠まわしに釘を刺され、一体どうするつもりかとあかねが思う。成り行きを見守る中、アサギは意気消沈したように肩を落とした。


「ごめんなさい先生。私も“一般科”になった身で、先生にこんなお願いをするのは良くない事と分かっています」

「…………おいおいおい」


 あかねが呆れたように呟いた。アサギが泣き落とし作戦で行こうとしているのは判るのだが、申し訳なさそうな仕草の割に声の抑揚は見事に普段と変化が無い。これではいくらなんでも通用しないだろう。


「でも、今、私の友人が恐ろしい悪者達に付け狙われているんです。に懸命に一人で立ち向かっている友人に、私が出来る事といえば、こんなことしか思いつかなくて……」

「アサギ君……」


 アサギは胸の前で手を組み、やはりいつもと変わらぬ声のトーンのまま、しかしキラキラと熱意の籠った光だけその瞳に貼り付けるという非常に器用な真似をしてみせる。


「私、どうしても友人の力になってあげたいんです……友人の危機を、放っておけないんです」


 熱意と期待を貼り付けた瞳が直江の顔を覗き込む。しかしすぐに、がっくりと肩を落とすアサギ。


「でも、やっぱり先生から見たら迷惑でしたわね……。ごめんなさい、私ったら無理なお願いをしてしまいましたわ」


 そらぞらしいアサギの独白が終わるか終わらないかのうちに。

 直江はアサギの手を力強く握りしめていた。


「気を落とすことは無いですよアサギ君! なぜそれを早く言ってくれなかったのですか! おお人生とは助け合い! 汝の隣人を愛し、お向かいさんを慈しむ! 君のように素晴らしい生徒なら研究室の一つや二つや三つ、いくらでも自由に使ってくれて構いません!」

「ほんとうですか?」

「うそつけ!!」


 意外な展開にうっかりあかねが口走る。見ると直江の顔は感動に紅潮し、瞳は恍惚として輝いている。

 彼も、あくひろ学園の教師である人物だ。これまたひと癖もふた癖もある性格の持ち主である。はたから見ているあかねにとっては冷や汗ものの演技だったが、このちょっと変わった教師にはどうやら効果が絶大だったようだ。


「アサギ君! 君はなんて友達思いな子なのでしょう! ああ、美しき友情、友へのあふれんばかりの愛に私は胸が打たれました……っ。あなたの友達は、きっとあなたの力を頼りにしています。君ならやれますよ、アサギ君!」


 直江の熱烈な激励に、アサギはにっこりと微笑んで返したのだった。


「私の方こそ、先生のご慈悲に心から感謝いたしますわ」



◇◇◇


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る