お買い物 値切るはレディの嗜みです③


◇◇◇


 同じ頃、“守護科”の専用教室がある月見棟を一人歩く水戸葵の姿があった。

 “守護科”専用の教室はそれほど多くない。

 これが他の学科……例えば“戦闘科”ならば金剛棟の1~3階全てが専用教室だし、“科学科”は水鏡棟以外に離れにいくつも実験場を持っている。“一般科”に至ってはどこの棟よりも大きい木蓮棟の大多数が各クラスの教室である。

 これに比べて“守護科”専用の教室は月見棟の、たった1フロアを占めるのみだ。

 “守護科”の人間は元々個人によって能力の特性が違ってくる為、何か一つに特化した専用教室が少ないという事もあるが、一番の理由を挙げるならやはり、“守護科”に入る人間の数が極端に少ないという点だろう。

 今、学園の中で守護科に在籍している生徒は全校生徒の1割にも満たない。

 これは学科の特性によるものが大きかった。他の学科であれば学力……または体力が一定の基準を満たせば誰でも行くことが出来るが、この守護科に関しては《特殊能力》と呼ばれる能力値が高くないと入ることは出来ない。資格がないと言ってもいい。

 一口に《特殊能力》といってもその内訳は様々で、一般的に超能力と呼ばれる力を持つ者から、意思とは無関係に周囲に影響を与える体質系、更には入学時の能力審査で何らかの潜在能力があると判定されたものの、未だ能力開花していない生徒などもいたりする。

 守護科の生徒達は自分自身がもつ能力の向上と制御を学び、役立てる道を進んでいく。

 葵は触れたものに活力を与える〈バイタライズ〉という特殊能力を持っていた。一年間の学園生活でその能力は磨かれ、対象のエネルギーに干渉し活力を奪うことも出来るようになっていた。

 しかしその干渉力が最近どうも大きいように感じる。元々は脱力感を感じさせる程度でしかなかった力が、あの『赤虎ひのえとら』相手には抜群に効いているのだ。

 装備そのものに干渉し攻撃力・防御力を低下させるだけでなく、攻撃の無効化という新たな力も現れている。逆にあかねは素手で悪者と渡り合えるほど身体能力が強化されている。元々の実力が響いているだけなのかもしれないが、なにかそれだけではない力が自分自身に働いているように思う。

 廊下を歩きながら、葵はそっとため息をついた。

 友人と居る時には明るく笑顔の絶えない葵だが、一人の時にはどこか思いつめたようになり、知らずため息をつくことが増えた。

 葵の胸を占めるのは不安感だった。

 自分の力がコントロール出来ない。それでは本当に守りたいものを守れない。今はあかねが、そしてかつての仲間が。最前線で戦う手助けしか出来ない。

 かつて葵の所属していたヒーローチーム『アトランティス』は、ギルティとの戦いに破れ解散した。

 それからずっと、葵の中に巡り続ける疑問がある。


 ――自分に誰かを守ることなんて出来るのか。

 ――自分に誰かを救う資格なんてあるのか。


 答えは出ない。だから日々考え続ける。

 葵がいまだに新しいヒーローチームを探さないでいるのも、不安だからだ。力が不安定な近頃はより一層判らなくなった。

 その不安が小さな吐息となって現れる。ルームメイトの友人達からは気を張りすぎ、とよく心配されるのだが。

 物思いにふける葵が吹き抜けの渡り廊下に差し掛かったとき、横手の草むらの陰になにやら黒いものが横たわっているのを見つけ立ち止まる。

 何かと思い覗き込んでみると。

 夏の日差しにじりじりと焼かれ行き倒れるは、全身黒づくめの少女だった。



◇◇◇



「助けてくれてありがとう、葵ちゃん」

 月見棟のエントランスに置かれたベンチに座り、キンキンに冷やされた缶ジュースを手にお礼を述べた人物は人目に付くことこの上ない風体だった。

 葵と同じ学園の制服の上に着込んでいるのは、フードつきの足まで届きそうなサイズの黒ローブ。フードに隠された顔は半分以上が長い前髪に覆われ、目元に深い影を落としている。その表情はかろうじて口元が見えるばかりだ。肌は病的なまでに白く、細く枝ばった手で分厚い本を抱える姿はもはや黒魔術を行う魔女にしか見えない。

 個性派揃いのあくひろ学園においてすら異彩を放つ独特なオーラを持つ少女の名は、山田ヒメ子。葵と同じ“守護科”の2年生・・・・・・葵の同級生でありクラスメイトである。


「私、体が弱くって、帰ろうとしてた途中でくらくらして倒れちゃったの。葵ちゃんが通りがかってくれて良かった。トマトジュースまでごちそうになっちゃって……本当にありがとう」


 消え入るかのような小さくか細い声は平時からのものである。彼女が持つとトマトジュースもジュースというより「あら、これから血の契約でもするのかしら?」といった風情だが、本人にその自覚はない。

 ヒメ子は未来の出来事や人の運命を感じ取ることの出来る〈占術眼〉という能力を持っている。一見強い戦力となりそうな能力だが、細かい時間単位での予知は難しく、感じる未来も詳細なことまでは判らない。更には自身の性質が争いに向かないこともあって、学園内でのヒーロー活動には全く参加していない生徒の一人であった。

 一般的にはヒーロー育成学校として認知されているあくひろ学園だが、学園の出身者は当然ヒーロー以外の者も大勢居る。むしろ『社会に役立つ技術者・能力者』を育てることが学園の本分であり、ヒーローの育成はその一環でしかないのだ。


「ううん、大したことなくて良かったよ……なんだか最近こんな状況ばっかりな気がするけど……」


 目(といっても影になって見えない)を回してローストされるヒメ子をベンチまで引っ張りせっせと介抱した葵は、もしかして最近行き倒れが流行ってるのかしらとチラリと考えたりしたが、口には出さなかった。


「でもヒメ子ちゃん、それならローブを脱いだ方がいいんじゃないかな? こんな時期にその格好じゃ誰でも倒れちゃうよ」

「う、うん……でも……」


 葵に言われ、ヒメ子は困ったようにもじもじと答える。


「ローブ着てないと裸で歩いてるみたいで、は、恥ずかしくて……っ」


 赤くなった頬に手を当て恥じらう姿は実に乙女チックだ。黒魔術な見た目でなければの話だが。


「そぉ……は、恥ずかしいんだ……?」


 その格好の方がよっぽど目立つけど、とは言わなかった。個人の嗜好は自由である。


「それにね、肌も弱いから日に当たるとすぐに痛くなっちゃうの」


 そう。彼女はとてもか弱く儚い、守ってあげたい系乙女なのである。見た目はむしろ悪魔の加護とかを受けていそうだが、そんな事はないのだ。日光が苦手だからといって闇の使徒だとか日に照らされたら灰になるんだろうとか考えちゃうのは偏見以外の何物でもないのだ。


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