赤虎 作戦Nの使いどき④
◇◇◇
最初に向かった敵にと見せかけ直前で体を捻り、隣の敵に深く〈赤十手〉を喰い込ませるヤマト。戦闘員の一人が1メートルほど吹っ飛び仰向けに倒れた。
『三人目クリア、三人目クリア、残り後二人』
「雑魚が!」
吼えてヤマトは更に奥の一人に向かっていく。それに対してヒュウガはやや手前で立ち止まり〈濡れ手拭い〉を繰り出した。防ごうと相手が身構えた所で〈濡れ手拭い〉を引き戻すと、影から現われたカズサの〈かざぐるま〉が3本4本と直撃する。やはり吹っ飛びつつ脱落する戦闘員。
武器として使用される物は攻撃力が上げられている。見た目がただのおもちゃでも、いくつも当たれば大打撃なのだ。
カズサの胸のバッジが鳴った。
「あと一人だ!」
「うん!」
遠距離戦を得意とするカズサを庇う形で前に進み出るヒュウガ。
「……ハッ!」
パァァン!
二人を一打ちで薙ぎ払うが、すぐに他の二人が襲ってくる。飛び退き様一人の首に〈濡れ手拭い〉を巻きつけるとヒュウガはそのまま地面に叩きつけた。とんでもない力技である。
敵の攻撃を交わしつつカズサが投げた〈トランプカード〉4枚を、狙われた戦闘員が叩き落とした。進路の反れた〈トランプカード〉は近くの木に、地面に突き刺さる。
「フハハ、そんな攻撃、効かないぞ!」
「何処を見ておる!!」
どがぁっ!!
頭上に振り下ろされた二丁の〈十手〉が戦闘員を沈める。
その後ろに一瞬隙が見えた。
すかさず他の戦闘員がヤマトに襲い掛かろうとするのを止めたのは、以外にも同じ『蝙蝠団』の一人だった。
「待て!」
仲間が声に足を止めた隙にヤマトに駆け寄り攻撃する。同時に声に反応したヤマトが急いで〈赤十手〉で阻止した。
「な、なんなんだ20号!」
「俺はあと一人なんだっ、こいつを譲れ!」
「なんだと!?」
防戦一方になったヤマトを追い詰めながら、戦闘員は更に言い募る。
「おまえの残り人数二人では到底間に合わないだろう! 俺がヤる!」
「ふざけるな! 俺の獲物だ!」
もう一人が再びヤマトに飛びかかろうとした時、
びしゅびしゅびしゅ!
体の至る所に衝撃が走った。数歩よろけて原因の方向を見てみると、〈輪ゴム銃〉を持ったカズサが枝の上に立ち、銃口の辺りをふぅ、と吹き消す動作をした。
「……輪ゴム銃、だとぉ……?」
相手のふざけた攻撃に、ぴきぴきと額に血管が浮き上がる。
「……そんなもんで、やられるかぁ!!」
すかさず戦闘員が飛びつこうとした所をカズサは枝を軸にぐるりと回り、戦闘員を飛び越してそのまま逃げ出してしまう。
「逃がすか!」
相手は遠距離戦専用。接近戦に持ち込めばこちらのものだ。足には自信があった。ぐんぐんとその差を追い詰められていったカズサはとうとう逃げ場を無くしたか、太い倒木の裏手に身を隠す。
――獲れる……!!
押さえ込もうと倒木を飛び越えた瞬間、戦闘員の顔面を木製〈巨大ハンマー〉が襲っていた。
だドごんっっ。
「…………い…一体…ドコか…ら……」
戦闘員はパタリと地面に倒れ伏した。
「…………いっつ・あ イッリュ〜ジョ〜〜ン……」
肩を大きく上下させつつ、カズサは両手で何とか支えていた〈巨大ハンマー〉をどさりと地面に下ろしたのだった。
辺りにひときわ大きく機械音が鳴り響く。
◇◇◇
ヒュウガは今敵三人と対峙する切迫した状況だったが、戦闘員達はいざという時になると互いの存在を気にして腕が鈍る。自分が攻撃したことで他の者達から何か言われはしないかと半信半疑で仕掛けてくるのだ。これなら相手が三人だろうと防ぐことは出来るし、たとえ攻撃を喰らったとしても相手が本気でない以上倒される程ではない。
とはいえ、この人数ではさすがに死角が出来る。一人の攻撃を防ぐうちにもう一人が後方から仕掛けてきた。あわててヒュウガが振るった〈濡れ手拭い〉が枝に引っかかり破り裂かれる。
「げっ……!?」
注意が反れた隙に正面に相対していた戦闘員からの一撃を受け、ヒュウガが地面に倒れ込んだ。
「……くぅっ……」
慌てて身を起こそうとするが、走り抜ける痛みに思わず腹を押さえ込む。帯を掴む手に力が入った。
戦闘員達がトドメを刺そうとヒュウガを取り囲んだ。武器も手放し座り込んでうずくまるヒュウガに三人同時に最後の一撃を繰り出そうとし、そんな互いの動作に一瞬反応して動きを止めた、その刹那、
スパパアンンッ!
「うがっ!」 「ぎゃっ!」 「があっ!」
後方に吹っ飛ぶ『蝙蝠団』達を見下ろしつつ、ヒュウガは痛みなどハナから無かった様子ですっくとその場に立ち上がり、のうのうと言い放った。
「あれ、布もう一枚あるの、言ってなかった?」
帯から取り出したもう一枚の〈濡れ手拭い〉をパンッと景気良く広げて見せる。
鳴り響いた機械音は、ヤマトの耳にも確かに届いた。
◇◇◇
なかなか攻撃へ移れないヤマトは小さく舌打ちして前を向いたまま地面ギリギリを後方に飛び退いた。その行動を好機と見た戦闘員はヤマトに追いすがり、飛び越さんばかりの勢いで上から肉薄する。
――勝った!――……そう思った。
近すぎて〈十手〉の攻撃は威力が出ない。対してこちらは勢いが付いた攻撃を出せる。勝利は見えたも同然だった。下にいるヤマトが、仮面ごしに歯を剥き出し笑うまでは。
「―解禁―
ヤマトが叫んだ。そのとたん、戦闘員の体に衝撃が走る。
ごがぁっ!
「ぶふぅっ!!」
「ぐぅっ……!」
何かに突き出され、体が真上に吹っ飛んだ。ヤマトも反動で地面に叩きつけられる。
よろよろと何とか起き上がり、戦闘員は息も絶え絶えに血の味の混ざった唾を吐き出す。
「……こいつ、なんて隠し玉、持ってやがんだ……」
先程まで腕の長さ程も無かった〈青十手〉が、悠に1メートル程にまで伸びていた。
「親父殿の遺品だ」
ヤマトがもう一方の〈赤十手〉を腰の後ろに差し込みつつ答えた。
その奥で成り行きを見守っていたヒュウガがお前の父親まだ死んでいないだろう、とツッコミたくなるのをかろうじて踏みとどまっている。
表現の間違いには気が付かずにヤマトは半身になり、剣のように棒先の長くなった〈青十手〉を構えた。
戦闘員が忌々しげに舌打ちする。
「クソが……! こいつらホントに全員、レベル1なのかよ!!」
同時に地を蹴った二人の影が交差し……膝を折ったのは、『蝙蝠団』だった。
フェンシングの様な形で突き出した〈青十手〉を一振りで元の形へと戻すと、ヤマトは背を向け敗者へ捨てゼリフを残しつつ去ってゆく。
「フッ。……俺さま、RPGは周囲の雑魚キャラを一撃で倒せる程にレベルを上げてから先に進む派なのだ。中ボスが楽に倒せるからな……」
「・・・楽しいのか・・・? それ・・・・・・」
最後の言葉を搾り出した戦闘員が倒れ伏すと同時に、ヤマトの胸のバッジが鳴りだした。
◇◇◇
夕焼けに染まった森の中を、ぼろぼろになった三人は歩いていた。二時間に及ぶ野外戦の後の割にその足取りは皆軽いものだ。ぼろぼろと言っても、カズサに至っては一度も敵の攻撃を受けてはいない。もっぱら作戦Nの最中ヤマトにやられたものだった。
「不信の種ってのは不安と焦りと恐怖の中で育つもんだ。こいつの根に絡まれたら大事な時に限って身動きが取れなくなる。または、先走った行動に出ちまって破滅する」
ヒュウガはその意味の一つ一つを確認するように、ゆっくりと言った。
「だから、気をつけろよお前等も。あんなのの二の舞にならないようにな」
「フン。どれだけ技を磨いていようが、仲間を信じられない様なザマでは俺さまの敵ではないな」
口元に不敵な笑みを浮かべるヤマトに、カズサが声を挙げて笑う。
「リーダぁ、ヒュウガの陽動のおかげで助かってたね」
「何を言う。あそこで奴等が仲間割れしていなくとも俺さまの勝ちは決まっていたぞ」
「え〜、そうかなぁ〜?」
「おぬし、俺さまの言葉が信じられないというのか!」
「ひぃぃ! 待ってリーダぁ暴れないでぇぇ〜!」
「こらこら、仲間割れすんなって」
周りでぐるぐると追いかけっこを始める二人を見て苦笑を浮かべるヒュウガ。前方に見える会場ではレスラー=ヘラクが三人を待ち構えていた。
「ご苦労だったな。お前達で最後だぞ」
レスラー=ヘラクはいかつい顔でにんまり笑うと三人の胸に付いた丸いバッジにペタンと判子を押した。なんとも判りやすい合マークだ。
「明日になったらその付けているバッジを試験科に持っていくといい。昇級申請書の代わりになるぞ。九十人の敵の中、よくがんばったな」
「だからなんでこんな板っきれがそんなに高性能なんだ?」
「フン、ここらは俺さまの庭同然だからな。大した事はない」
「やったあ、レベルアップだぁ!」
三者三様の反応に対し、レスラー=ヘラクは無言のまま、カズサの頭をばしばしと力強く撫でてやった。
「それにしても、今回はやけに成功者が少なかったなあ。全く、最近の若者はたるんでいていけないな」
ぼやいて、腕の筋肉を見せ付けるかのように〈フラッシュカリバー〉を振り上げるレスラー=ヘラクに、『赤虎』メンバーの視線が集まった。
「俺の予想では十八人は合格すると思ったんだが……なんとな、お前達を含めてたった五人しか合格してないんだ。驚いたか? 全く最近の若者は、根性が足りないんだな、根性が!」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』
九十人中、五人。
十八人が大勢に見えてくるほどの少人数である。
とたんにヤマトとカズサはなんとも言えない渋い表情になり、ヒュウガは深く深くため息をつく。
「…………ヘラク先生……?」
「ん? なんだ?」
この後、ヒュウガによる数学的確率の説明が、レスラー=ヘラクが理解するまでの間長々と続いたのであった。
◆二番勝負 終
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