三番勝負

〜らん丸 VS 女子寮〜

注意しよう 下着泥棒火の始末①


 あくひろ学園商店街は昼になると大勢の生徒で溢れかえる。和食、洋食、中華飯店、ベトナム料理屋は言うまでもなく、中にはモロッコ料理やペルー料理などマニアでなければ容易にメニューを想像できない物まである。

 それこそ出店や屋台に至るまで異種様々な店が出ているが、共通するのは料理のほとんどが高額でも700円以下で済むという、学生に優しい値段である事だ。

 そんな食堂街にある一店で豚骨ラーメンをすすりながら、セイジは唐突に切り出した。


「ふむ。考えてみれば、我々、あの三人についての情報をほとんど知らないのだな」


 ラーメンの一体何をきっかけに思い出したのか、セイジはまたずぞぞぞ、と麺をすする。その言葉に、ナナメ向かいでピリ辛味噌ラーメンを食べていた悠馬が呆れたように片眉を吊り上げた。


「なんだ、今頃気づいたのか? もう7月半ばだってのに」

「リーダぁいつ言い出すだろうねーって悠馬と話してたんだよ~」

「!!!」


 つるつると麺を飲み込むらん丸を見て、突然セイジが身を乗り出した。素早く椅子の上に乗っかると片足を机の上にだんっと踏み出し右手に持った朱塗りの箸をらん丸の鼻っ面に突きつける。


「キサマぁ! ラーメンをつるつる飲み込むなどそんな食い方をして許されると思っているのかぁ~!!」


 セイジの突然の行動にらん丸がのどを詰まらせ咳き込んだ。


「いっ……いきなり何!? あの三人の話は!!?」

「そんな事よりこっちの方が余程重要だぁ! “蕎麦・饂飩・粒麺は必ず音を立てて食うべし”とウチの家訓にあるのだ!! ちなみに蕎麦は“すする”ではなく“手繰たぐる”と言うべし!!」

「だって制服に跳ねるじゃん~!」

「そんな奴はラーメン屋に入るでない!!」

「え~っ、リーダぁが店選んだのに~~!!」

「俺さまのような天才は汁が跳ねるような事はないのだ!」

「どんな才能だよ、それ」


 悠馬がハンカチで顔についた麺の細切こまぎれを取り除きつつポツリと呟いた。セイジが口の中のものを飲み込まない状態で怒鳴ったせいで飛び散った、麺の切れ端達である。

 どうせならそんな訳の分からない家訓ではなく、“机の上に立つな”とか“箸で指差すな”とか“飲み込んでからものを喋りなさい”とかいう家訓はなかったんだろうかと考える。


「ラーメンの食い方はともかく、敵と認めた以上どんな奴らか知っとく必要があるだろ。少しは今後の対策も考えられるかもしれねぇし」

「ふむ……」


 言うだけ言って気が済んだのか再びどっかりと椅子に腰を下ろすセイジ。その向かいで机にくっきり残った足跡をすかさずらん丸がごしごしともみ消す。


「今奴等のことに関して、分かっている事はなんだ?」

「“守護”の人は2年生で、たぶん他の二人もそうなんじゃないかなー、という事」

「特殊能力持ってる奴は一人だけで後の奴等は“一般科”の人間だな」

「そんな事見れば分かるぞ」

「でもさ、その二人も結構な戦力だったよ? 戦闘服着てるおれ達に対して素手ですごい攻撃力だし、もう一人の鞭も、ただの鞭とは違うみたいだし」


 言って、ずるずると音を立てて塩ラーメンをすすり直すらん丸。


「ああ、あれな。鞭だと思ってたらいきなり細かい粒に分解して攻撃してきたもんな。あれは痛かったぜ」

「あれ、なんだろーね」

「妙な武器だよ。以前の口ぶりからしてまだ何か持ってそうだぞ、あいつ」

「“一般”なのにねー」


 先日のセイジの敵宣言以来リメタイル奪取の為に度々少女達を襲っている『赤虎ひのえとら』一味だったが、なんだかんだと未だに彼女達に勝利する事が出来ないでいた。


「あの忌々しい女が使う〈パワーマスコット〉がいただろう。スカイとかいう青猫と……」

「ああ、あと黄緑の」

「確かフィーとかいったな。あいつらに触られると攻撃力や防御力を下げられるらしいな。“一般科”の二人もあの猫の力でパワーアップしてる。いや、それも全部ナディアの持つ力なんだろうな」

「“守護”って、そんな事も出来るんだねぇ。こわいなぁ」

「そこら中の組織が欲しがるハズだよ。“守護科”」

「向こうの攻撃力上げられてこっちの攻撃力下げられたんじゃ、終わりじゃない?」

「フッ。それくらいのハンデ、俺さまにはちょうど良いくらいだ」

「はいはい」

「あのひと、やっぱどっかの組織に入ってるのかな」

「なわりに、あの三人でいることが多いな」

「そういえば、なぜ“一般科”と“守護科”が一緒にいるのだ? 普段の生活では会うことのない筈だが……」


 しばしの沈黙の後、悠馬がため息をついた。


「こりゃあ……、知らない事が多すぎるな」

「これは確かめる必要がありそうだ。という事で、ここは……」


 セイジはどんぶりを両手で抱えると残り汁を一気に飲み干した。大きく息をついてどんぶりを置くと、唇を舐めつつにやりと笑う。


「作戦Sで行くぞ!」

「なるほど、作戦Sか」


 悠馬も納得して最後の一口を飲み込むと箸を置いた。


「作戦S?」


 らん丸だけはいまだにラーメンをずるずるとすすりつつ首をかしげた。



◇◇◇



 放課後。準備をしに行くぞ、と言って校舎を出たセイジは自転車に乗り校舎の裏手の道を進んでいった。

 学園内はその広大な敷地ゆえ基本的に自転車通行が許されている。第一寮・第二寮から登校する者は特にこれを多用していたりする。正門のすぐ横に建っている第三寮に対して、このふたつの寮は学園からは離れた場所にあるからだ。必然的に、第二寮から通っている悠馬とらん丸も自分の自転車を用意していた。

 裏手に進むのは良いが、一体どこに向かっているのかがらん丸にはよく判らなかった。始めはまた商店街にでも行くのかと思ったが、そこも通り過ぎて更に進んでいく。広い芝公園を抜けて少しして、やっとセイジは自転車を止めた。

 学園の最も奥。学園側からここに入ってはいけないと厳しく言われている場所だ。そこから先は金網の柵で覆われ、横にぽつんと付けられている小さな扉には厳重に鎖の鍵が掛かっている。柵にくくりつけられた看板には、『生徒の立ち入りを禁ず 見つけた者厳罰に処す』と書かれていた。

 自転車を適当な所に留めるとセイジは迷わずその金網に手を伸ばした。


「ゆくぞ」

「ちょっと待ったリーダぁ……っ!!」


 なぜだか登る気満々のセイジをらん丸が慌てて引きずり下ろす。


「ここ、生徒は絶対入っちゃいけないとこだよ!?」

「そのようだな」

「そのようだなじゃなくて!! 見つかって退学処分にでもなったらどうするの!?」


 いくらセイジのすることでも、これだけは賛同しかねるとらん丸は断固首を振った。過去に、ある大組織が規律を破ってこの中に入り込んだが何があったかボロボロになって出てきて、さらに三日と経たないうちに組織の一味もろとも“一般科”に落とされた、などという例もあったらしい。こう見ていても他のエリアとの違いがあるようには思えないが、何か特別重要なものがあるに違いない。


「ここ、きっとなにかものすごい学園の秘密とかが隠されてるんだよ……!」

「学園の秘密だと?」


 セイジが片眉を吊り上げる。


「らん。なんでこの先が立ち入り禁止になってるか、知りたいか?」

「悠馬、知ってるの!?」


 自転車をセイジと同じく柵の横に留めた悠馬は、そのまま柵に身を預けた。ガシャガシャと鉄の擦れる音が響く。


「どうしてかと言うと、こっから先は学園の敷地じゃなくて、ひとさまの家だからだ」

「ややこしい言い方をするな。俺さまの家だ。己の家に部下が遊びに来たところでおかしな事はあるまい? 遠慮なく入るが良い」

「……っでえええええええ!!? うそぉぉ?! リーダぁのウチぃぃ!?」


 おののくらん丸を見て楽しそうに笑いながら、悠馬は説明を続ける。


「まあオレもまだここまでしか来た事ないけどな。入学式の時初めて。ほらこいつ、寮生活じゃないだろ。毎日どっから学校に来てると思ってたんだ?」

「い……いや、リーダぁの事だから夜な夜な現われる時空の歪み辺りから……」

「おぬし、俺さまを何だと思っているのだ?」


 顔をしかめるセイジ。得体の知れない生き物ですとは口が裂けても言えないらん丸だ。


「……てことは、これから、リーダぁの家に行くって事?」

「そういう事だ。ゆくぞ」


 言うが早いか、セイジはスポーツカバンを背負うとガシャガシャとやかましく柵を登っていく。その慣れた手つきは毎日こうして学校に来てますと物語っているようなものだ。セイジに習って二人もその後に続く。


「どうでも良いけどよ、セイジ! ここの扉は使えねえのか!? 前はそこから入ってただろ!?」


 セイジの後を上りつつ悠馬が声を挙げた。三人で登ると金網がやたらと揺れ、うるさく鳴り響く。声を聞き取るのも困難だ。


「鍵は家にあるのだが、いちいち鎖の取り付けをし直すのが面倒になったのだ! はずすだけで5分かかるのだぞ!!」

「リーダぁ、ここ、毎日登ってきてるの!?」

「最近はな!!」


 この柵、高さはゆうに5メートル。やっと上りきった柵のてっぺんで悠馬とらん丸が息を切らしているうちに、セイジは金網の縁を蹴り放ち地面に着地をした。その衝撃に柵が大きく揺れを起こす。


「うひっ……ひええっ!!!」

「だああ、何してんだお前、落ちるだろうが!!」


 本当にずり落ちかけて必死にしがみつく二人。


「おお、すまんな」


 5メートルの高さを楽々着地したセイジは至ってけろりとして手をはたいている。

 こちらとしては5分かかっても良いのでぜひとも普通の扉を使いたいところである。しかし、降り始めてしまえばそこまで大変でもない。さすがにセイジのように飛び降りる気にはなれなかったが、らん丸と悠馬の二人も何とか無事地面に降り立つことが出来た。


「はぁ~……地面が恋しい……」

「同感……」

「よし、ではゆくぞ」


 二人の気苦労も知らずさっさと歩き始めるセイジ。その後ろを慌てて二人が追いかける。セイジとはぐれた所を見つかりでもしたら、それこそお叱りを受けかねない。“は組”の担任なら一ヶ月間トイレ掃除などという微妙に古く恥ずかしい罰をも与えかねないのだ。

 セイジはまるでなんでもない様に傾斜を下り岩から岩へ飛び移り木の枝づたいに川を越えてさらに歩いていく。はっきし言って人の行く道ではない。これではついて行くのも一苦労だ。

 第五エリアで作戦Nを決行していた時にも感じたが、セイジは森の中での動き方に非常に慣れていた。らん丸など途中5回は足元をすくわれたが、ヤマトとして戦っていたセイジは一度もそういう事がなかったのだ。これもどうやら、普段からこのような道を歩き慣れているせいらしい。毎日こんな道を歩いていたら素晴らしく基礎体力が付いていることだろう。


「リーダぁ! 一体どこまで行くの……!!」


 こんな道とも言えない道を延々と歩かされたのではたまったものではない。らん丸が前を行くセイジに声をかけると、セイジはぴたりと歩みを止めた。


「到着したぞ」


 山道を抜けた先に建っていたのは、平屋造りの日本家屋だった。垣根に囲まれたその建物は教科書で見た武家屋敷に面影が似ている。


「……う……」

「……わ……」


 悠馬とらん丸は目前に広がる異様な光景に一瞬言葉をなくした。


「こちらは裏門だが、まあ正面に周ると時間がかかるのでな、ここから入ってもらうぞ」


 顔を引きつらせている二人には気がつかずに屋敷へと歩み始めるセイジ。その踵がをした固い大地を踏みしめる。

 らん丸と悠馬は今までの疲れも忘れて叫んでいた。


「いいいや裏門とかは別にいいんだけど……っ」

「な、なんでこの家、辺り50メートル四方が荒野砂漠に囲まれてんだよ!?」



 ひゅ~るるる~。



 丸まった草の塊がコロコロと三人の目の前を通り過ぎていく。

 悠馬とらん丸は森の中で、なぜかそこだけカラッと乾燥した風が吹き抜けていった気がした。

 森の中の荒野の大地に武家屋敷。

 もうどこから突っ込んでいいのかも分からない。

 後ろで混乱する二人にセイジはさらりと言い放った。


「爺上の趣味だ」

「どんなおじーちゃんそれ!?」


 叫ぶらん丸に、悟ったように深くため息をつく悠馬。


「こいつのじーちゃんはな、お前も知ってる人だぞ、らん」

「……へ?」


 屋敷に近づいていくと、ご丁寧に裏門にも表札が掲げてある。分厚い木の板には縦に二文字、“銭形”と力強くしたためてあった。


「……ぜに……がた……って、がっ――」


 今度こそ、らん丸は絶叫を上げたのだった。


「学園長ぉぉ!?」

「……当たり」


 本名、銭形平蔵。通称、鬼の平蔵。

 あくひろ学園27代目の学園長だ。

 かつては史上最強の正義の味方ヒーローとして世界中の悪者を戦々恐々とさせ、今もその名を聞けばヒーロー・ギルディかかわらず多くの組織が畏れおののく、らしい。一戦を退いた今でも、その老体をものともせず学園の荒くれ共をまとめ上げている。教師の手に負えないような生徒も、この学園長にだけは逆らわないようだ。いや、その体から滲み出る威厳と風格が何者をも逆らうことを許さないのだ。

 らん丸が学園長の姿を見たのは入学式の際に壇上に上がった時の一度きりだったが、数々の戦歴を持っているであろう他の教師と比べても一段と異彩を放つ堂々たるその姿は、今もしっかりとらん丸の脳裏に焼き付いていた。

 そう言われてみると、セイジとはどことなく似ているような似てないような。

 まさかこんな所に、学園の秘密どころかセイジの秘密が転がっていようとは。普段から普通の人じゃあないとは思っていたが、ここまでとんでもない経歴を持っているとは思いも寄らなかった。

 セイジは勝手口を押し開けるとずんずんとその先へ進んでいく。

 その中も中々に立派なものだ。庭に生えた柳の葉が水面を柔らかく撫で、太鼓橋の掛かった池で錦の鯉が水を跳ね上げる。……これでいてなぜ周りが荒野砂漠なのだろう。

 視界の隅にチカチカと眩しい物がよぎり顔を上げてみて、悠馬は軽く絶句した。


「……おい、なんか屋根のてっぺんに金のしゃちほこが見えるんだけど?」

「爺上の趣味だ」


 これまたセイジはさらりと言いのける。とりあえずこの家の風潮は“何でもアリ”のようだ。


『……………………………………。』


 二人とも、二回目は何も言わなかった。



◇◇◇

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