赤虎 作戦Nの使いどき③

◇◇◇



 『凶生スパイダー』の一員、飛蜘蛛トビグモが通りかかった時、彼等は互いに罵声を飛ばし合いながら武器を振るい戦っている真っ最中であった。どちらの服も赤い生地の動きやすそうな和服……言うなれば忍び装束に近い姿に、やはり赤い頭巾、目元を覆う仮面をしている。


「な、なんだあいつら……味方同士に見えるが……仲間割れか?」


 双方とも力が拮抗しているのか、激しくぶつかり合い、かなりの疲労を見せている。といっても、飛蜘蛛に言わせればどちらの攻撃も未熟で隙だらけだ。二人がかりで来てもねじ伏せられる自身がある。

 しかし、今後の為にも体力は残しておかなければならない。ここはやはりやつらの隙をついて倒すべきだろう。


「よおし。互いに戦って弱った所を俺が倒してやろう。あいつらめ、すでに自分達がこの飛蜘蛛様の網の中にいるとも知らずに……クク、もがいて力尽きて行くといい」


 飛蜘蛛は黒い仮面の下でにんまりと笑みを浮かべた。

 その時、飛蜘蛛のわずか5メートル程前方で、奇妙な形の棍棒を持った男がガクリと膝を折った。疲労が限界に来たらしい。棒を支えに、肩で荒く息をしている。


 ――今だ!!


 飛蜘蛛は地を蹴り勢い良く茂みから飛び出した。六腕の鍵爪が大きく振りかぶられる。


「もらったぁぁぁぁ!!」


 男とぐんぐん距離が迫る中、やっと気配に気付きこちらを振り返った男の顔には――…・・・、


 驚愕ではなく、笑みが浮かんでいた。



 次の瞬間、飛蜘蛛の頭が深く沈み込む。



 ――なにが。


 ―――起こったのか。



 状況理解が出来ぬまま、飛蜘蛛の意識は消し飛んだのだった。



◇◇◇



 木々の間を跳び抜け様、敵の脳天に強烈な一撃を加えたカズサは、空中で一回転し近くの枝へと着地した。


「よっ。」


 会心の一撃を放った通常の三倍ほどの大きさのある〈けんだま〉の玉を、最後の仕上げとばかりに器用に棒の中に差し戻す。


「でかしたぞカズサ! 見事に一発KOだ!!」


 木の上のカズサに声をかけてから、ヤマトはカズサにやっつけられた蜘蛛の〈怪人〉を見下ろした。


「なぁ〜っはっはぁ! ぶわぁぁぁか、こちらの罠にまんまとハマりおって! すでに自分がこちらの攻撃圏内にいることも知らずに、己の勝利を確信して油断したな、虫ケラめ!

 知るが良い!! これぞ我が『赤虎』が作戦N、仲間割れ大作戦だぁぁ!」


 聞いているんだか聞いてないんだかわからない相手を前に啖呵を切りまくるヤマト。

近づいてきたヒュウガが軽く拳で頭を叩いてやる。


「作戦の中身を大声で教えるなよ、ヤマト。近くにまだ次の敵がいるかもしれないだろ?」

「おお、そうであったな」


 その時、木の上に立っていたカズサが突然声を挙げてばたばたと慌てだした。


「どうした?」

「え、い、いや、今なんか、どっかからピー、ピー、ってなんか……あっ、これだぁ!」


 カズサがひっぱった戦闘服には、会場でもらった丸いバッジが付いていた。それが突然光りながら機械音を出し始めたのだ。


『一人目クリア、一人目クリア、残り後四人』


「わっ、しゃべった!」

「ほう、それはありがたい、十五人数えなくてもすむぞ」


 ヤマトがあくまで真面目に言った。


「いったいどうやって数えてんだ?この板っきれが」


 ヒュウガも自分のバッジを服に貼り付けたまま摘み上げて眺めている。


「とにかく、開始5分にして早くも一人目だ! このまま、作戦N、続行だぁ!」


 拳を振り上げ息巻くヤマトに二人も元気良く声を挙げた。


『ラジャー!』



◇◇◇



 どうやら、楽をしてレベルアップを考える漁夫の利思考の輩というのはずいぶんと多いようである。これまでに油断して現れた八人、三人で確実に仕留めてきた。


『三人目クリア、三人目クリア、残り後二人』


 ヒュウガのバッジが鳴る。


「これで後は、七人か……?」


 敵に巻きついた〈濡れ手拭い〉を回収しながらヒュウガは大きく息をついた。


「うへぇ〜。これでやっと半分かぁ〜」


 カズサの声にも相当疲れがたまっている。この擬似ケンカというもの、本気を出しているように手加減しながらやり続けているとさすがに疲労が溜まってくる代物なのだ。

 特にカズサは少しでも気を抜こうものならヒュウガとまともに渡り合えないし、ヤマトにはそれでも負ける。ヤマトの場合、自分の体力の加減は出来るが相手への容赦があまり出来ないという困った点もあるのだが。


「きりが無いというかなんというか……まったく、ヘラク先生も相当厳しい人だよな。レベル1でやるような試験かよ、これ」

「十八人は達成できると思い込んでいるのではないか?」

「はは……それはないだろさすがに」


 馬鹿馬鹿しく笑ってからヒュウガは空を仰ぎ見る。


「日が傾いてんな。もう一時間は経ったか?」

「さあな、もっと経っている気がするぞ」


 こんな山奥に時間を知る手段も無く、どうするかと頭巾越しに頭を掻くヒュウガ。

その隣で、カズサがごそごそと着物の袖をまさぐり、中から招き猫型の置時計を取り出した。


「えっとね、今は17時53分。」


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』


 ヤマトとヒュウガの視線がカズサへと集まった。


「…………お前、なんでそんなもん持ってんだよ……。前から思ってたけど、いったいその服の何処からそんなに色々出てくるわけ?」

「おぬし、その服22世紀の猫型ロボットからもらっただろう!」

「えっ、わっ、ちょっとリーダぁやめて! ないない何も無い!」


 隣で袖の引っ張り合いっこをしている二人をそのままに、ヒュウガは置時計へと視線を戻す。


「制限時間まで後大体30分か。こりゃあ、そろそろ戦法変えた方がいいみたいだな……」


 言って、置時計をカズサに投げて返した。


「後30分で、後七人?」

「相手が弱っちくて大人数の奴と当たれれば文句無いんだけどな」


 カズサが置時計を突っ込んだ右袖にすかさずヤマトが首を突っ込むが、中にはすでに何も入っていない。


「……!?」

「でも、そんな大人数いてもたった三人で相手に出来るかな……ちょっといい加減にしてよリーダぁ!」

「おい聞いてんのか?ヤマト。

……オレ達が四人いれば二手にでも別れられるんだが、三人で別れると逆に危険だからな。なんにせよどんな敵に当たるかはわからないんだから、心配したってしょうがないだろ」

「まあ、その通りだな」


 やっと頭を引っ込めたヤマトはふいに表情を険しくすると折り重なる木々の向こうに視線を移した。

 その瞬間。



 どどぉぉぉんっ



 爆音とともに辺りに煙が立ちのぼった。


「うわわわ!? なにこれ!? ……ぐえっ!」


 煙に紛れカズサの悲鳴が聞こえる。

 混乱に乗じての接近、そして攻撃に移る手際の良さ。付け焼刃では決して出来ない、コンビネーション。

 敵方一人の悲鳴に手応えを感じつつ、『蝙蝠団』は反撃を喰らう前に素早く煙幕から脱出する。

入団以来三ヶ月、ただこの特訓のみを続けてきたのだ。この三人を倒し、すぐに次のターゲットを探さなければならなかった。いつもの手順、いつもの手段で確実に仕留める必要があった。

 しかし、煙が晴れた先で混乱に陥っているはずの『赤虎』のメンバーは、全員無傷のまま立っていたのだった。


「……!?」


 『蝙蝠団』にわずかに動揺が生まれる中、ヤマトは目の前に兎が飛び出して来た時の狼のように喜色満面、獰猛な笑顔で短く尋ねた。


「ヒュウガ。全部で何人いる」


 対するヒュウガも十分人の悪い笑みで答える。


「ざっと九人ってとこだ。おつりが二人も出るぜ」

「上等だっ」


 よく見ると、全員元いた位置が違う。煙幕が張られた時とっさに移動したようだという事に、初めて『蝙蝠団』の戦闘員達は気がついた。

 相手の驚きを読み取ったのか、ヒュウガがひょいと肩をすくめてみせた。


「残念だったな、そっちのお望み通りの反応をしなくて。予想外の出来事なんざ、うちのリーダーといると日常茶飯事なもんでね」


 それに加えて今はこんな周り中敵だらけの場所にいるのだ。心構えくらい出来ていて当然である。


「約一名、素直にひっかかりかけてくれた者もおるがな」


 ヤマトに抱えられていたカズサがその場に放り出される。地面に落ちたカズサは短い悲鳴を上げ、それから慌てて立ち上がった。

 ちなみに先程の悲鳴はヤマトに腕を引き寄せられた時挙げてしまったものだ。


「だって……びっくりしたんだもん」


 気まずそうに言ってほっぺたを膨らませたのは、おそらく本人も無意識なのだろう。


「とにかくだ」


 ヤマトは目の前の集団へと意識を戻す。その右手が〈青十手〉を構え、左手で〈赤十手〉を握り直した。


「ちょうどいい所に現れたこの雑魚達を、見逃がす手はあるまい?」

「雑魚、だとぉ?」


 目の前でいきり立つ彼等は九人全員が黒づくめ。目と口の部分にダイヤ型の穴が切り開いてあって、首には白いスカーフを巻いている。

 それをじっくり眺め回したヤマトは〈十手〉を持ったままの手を顎に当て、


「知らんのか? 組織の末端戦闘員は登場後3分以内にやられなければいけないと古今の法で決まっておるのだぞ。

もし今までそれを破っていたというのなら、貴様ら全員悪の下っ端戦闘員失格だな」

「お前達だって十分弱そうな格好してるじゃねえか!」

「個性も何も持ち合わせておらぬぬしらに言われる覚えは無いわ! どうせ個人の変身名も持っていないのだろう! どうせ識別番号1号2号とかだろう!」

「こらこらヤマト、あんまり刺激すんなって。――それにしても大変だなあんたら。一味の方針だかなんだか知らないが、九人分のノルマを皆で協力して襲ってたらとんでもなく時間がかかるだろうに。カズサ、さっきの続きだ。何人が必要になる?」

「えーと、九人が五人ずつだから……四十五人? うわっ、参加人数の半分だ!」

「おそらくもう全員分の相手は残ってないだろうなぁ。せいぜい、残り三人ですむ奴がオレ達全員と勝負するか……おまえらあれだろ? 仲間とはいえ全員が幹部になれるわけじゃないんだ。

そこの八人もいる仲間も、所詮は出世の敵。そいつらライバルを倒してった方が手っ取り早かったんじゃねえの?」


 実際、ヒュウガのこうした陽動術は素晴らしい冴えを持っているとカズサは思う。先程ヤマトとケンカをし始めた時も、カズサはヒュウガのあまりの剣幕に作戦と分かっていても内心驚いてしまった程だ。後でその事をヤマトに伝えると、さんざん笑われてしまった。


「ふん、共喰いでもさせようってハラか? 我々『蝙蝠団』、そんな手に掛かるほど落ちぶれてはいないぞ!!」

「浅知恵だったな、弱小一味!」

「…………。」


 ヒュウガの瞳が仮面の下できらりと光る。表面は、全くと言っていいほど無表情のままだ。

 今敵を惑わす必要は無いのだ。重要なのは今ではない。自分達にのみそう語っているようであった。

 ヒュウガとは、あるいはヤマト以上に謎の多い人物だと、カズサは考えている。

 始めはヤマト――つまり豪放磊落なセイジのお守り役の様なものかと思っていたが、これが一緒に馬鹿をやっているかと思えばのらりくらりとどうにも掴みどころの無い時もある。

 ヤマトのヒュウガに対する姿勢は疑う所の一カケラもない。その信頼度から成るものなのか、はたまたそんな彼だからこそあのヤマトとつり合うのか。この二人においては非常に不思議な関係を持っていると言える。


「貴様らよく覚えておけ。我等は弱小一味ではない!」


 ヤマトが〈青十手〉を『蝙蝠団』に突きつけ豪語した。


「泣く子も恐怖に這いずり回る、『赤虎ひのえとら』だ!!」


 そして一気に地を蹴り突っ込んでいく。


「そういう表現はするなって言ったろ!」

「なんかすっごく恥ずかしいって!!」


 文句を言いつつそれに続く二人。

 制限時間残り30分。レベル昇格を賭けた最後の戦いが始まった。



◇◇◇

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