赤虎 作戦Nの使いどき②


◇◇◇


―――――――――――


 能力テスト7月

 “戦闘科”Lv.2  


 時間: 16:00より

 集合場所: 第五エリア・第六エリア中間点

 注意事項: エリア内に入ったら戦闘可能形態になっておく事 


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 共同掲示板に書き込まれた字を読み、セイジが疑問の声を上げた。


「ふたつもエリアを使うのか? ずいぶんと広いな」

「いやいや、こりゃああくまで集合点だよ。完全にエリア内に入っちまうと表記も目印も無いからな。わかりやすいようにふたつの境界のどこかを会場にしたんだろ。ほら、“戦闘科”レベル3の集合場所、第六エリアと第七エリアの間にある」

「どこかって、それわかりやすいうちに入るの?」

「見つけやすくはなるんじゃねえの?」

「今は15時か……もう向かった方が良いな」


 掲示板から方向転換するとさっさと左に曲がっていってしまうセイジ。らん丸と悠馬もその後についていった。


「リーダぁ、そっちってヒーロー用の特別教室じゃなかった?」

「そうだ」

「なんでそんな方行くの?」

「第六エリアに一番近道だからだ」

「え〜!? 普通に行こうよ、目立つっておれ達!」

「馬鹿者。制服の時は正義か悪かなぞわからんだろうが」

「いや、おまえが前にいると一目瞭然じゃないか?」


 眉間に深くシワを刻み込んだ爽やかさとは無縁のセイジが先頭切って歩いているのだ。さすがにこれは浮く。


「あれだ、セイジ。おまえちょっと下がれ。オレが前に行く」

「なにぃ?なんでそんなむぐぐ……!」


 抗議の声を挙げようとするがあっという間にらん丸に押さえ込まれてしまう。無理矢理らん丸の隣に引きずられ、セイジは仕方なしに任せることにした。


「なるべくいい顔しててね、リーダぁ!」


 隣でらん丸が囁く。


「……フン」


 しばらくそのまま歩いていると、前から女子の三人組が歩いてくる。まん中の一人は茶色いネクタイの3年、その両隣は黄色いネクタイの2年だ。

 近くまで来ると、悠馬は軽く頭を傾けお辞儀をした。


「こんにちは、先輩方。1年“は組”の悠馬といいます。以前ギルティと戦っているところをお見かけしたことがあって……。自分もヒーローを目指しているので、よければ顔だけでも覚えていてくれると嬉しいです」


 突然の呼びかけに彼女達は驚いたようだが、はにかみながらもどこか必死に話しかける悠馬の姿に、すぐに愛想よく答えてくれる。


「あら、いいえ、こちらこそご丁寧に」

「ありがとう」

「君達もがんばってね!」

「ありがとうございます」


 ぱっと表情を輝かせて深くお辞儀をし、悠馬は再び歩き出す。

その後ろで、


「今の子ちょっと良くなかったー?」

「美形よ美形!」

「しかも目茶苦茶礼儀正しい!」

「あたしは後ろの子がいいですぅ。見ましたか? すごい可愛かったですよ!」

「その隣も、私的にはありかな〜? ぶっきらぼうで、ワイルドな感じ!」


『きゃ〜っ』


等々女子特有の話題が飛び交っている。


「ほら。誰もオレ達の事疑ってないだろ」

「……悠馬……すごい……」


 らん丸が尊敬半分、呆れ半分に呟く。


「おぬし、ヒーローの奴等にモテてどうするつもりだ?」

「オレは正義感の強い女の子が好みなんだ」


 セイジの問いに悠馬はけろりとした表情で答えた。


「え〜なにそれ〜……」


 後ろの二人がじと目で見る中、悠馬は飽きもせず再びすれ違った女子生徒に声をかける。


「あれ、君……1年生だよね?」

「えっ?」

「前にも見かけた事あるよ。どこのクラスだったかな。……えーと……」

「“い組”です」

「そうだっけ? なんだ。オレ“は組”だから、結構近いじゃん」


 人懐っこい顔で笑いかける悠馬は先程の雰囲気とはガラリと変わり、軟派で軽い空気を身にまとっている。


「うん、私も悠馬君の事知ってるよ。クラスの女子達の間で話題になってるもん」

「あはは、本当? じゃあ今度、クラスにも遊びに行ってみるよ。また時間のある時に話そう」

「ほ、本当に?」

「ホントホント」

「う、うん、待ってるっ。きっとみんな喜ぶよ……!」


 にっこり笑って手を振って、何事も無かったように歩き出す悠馬に、らん丸が再び声をかける。


「今の…………知ってる人だったの?」

「いや、初対面。人脈は宝だぜ?」


 にっと笑って言う悠馬。どうやら本当にナンパをしていたらしい。また会う約束を取り付けたのだから、その手腕は中々のものである。


「おぬし、先程から女子生徒にばかり声をかけていないか?」

「いやいや、かわいい女の子に声かけてるんだよ」

「……リーダぁ、この目の前にある頭殴ってもいい?」

「許す。思いっきりいけ。」

「待った待った! ほら、出口着いたって! な!?」


 慌てて振り返ると逃げるようにひらりと窓から躍り出る。

仕方の無い……などとつぶやきながらもセイジが続く。


「やっぱ普通の出口使おうよ……」


 ため息をつきつつ、らん丸も窓枠を乗り越えた。こういう手段をダメとは言わないがどうして二人とも当然のようにそんな事を受け入れているのか疑問である。

 外に出るとすぐに第六エリアが面している。太く大きい木が多く生える森のような地だ。土地は平坦だが倒木や木の根により非常に足場が悪い。

 そして、ここからが長い。

 ひとつのエリアはおよそ町2分の1程。真四角に仕切られているわけではないから端まで行くといっても何処から向かうかで苦労度が変わってくる。そして、今セイジ達がいる所は会場へ向かうにあたっての一番の近道なのである。それでも到着までには歩いていくと20分はかかる。そこから境界に沿って会場を探すとなると30分は見越していかなければならないだろう。

 5分程して『赤虎』の戦闘服へと変身した三人は順調に森の中を歩いていた。


「でもさあヒュウガ。レベルアップなんてそう簡単に出来るわけじゃないでしょ? 大丈夫かなぁ、おれ……」


 らん丸はカズサへと変身を遂げたとたんに不安が襲ってきたようだ。

無意味に辺りに気を配り見渡している。


「そうだなぁ……」


 ヒュウガの姿になった悠馬は少しだけ考えた。このテスト、毎回同じような内容ならば対策もしやすく非常に楽なのだが、その中身は担当する教師によって変わってくる。今のレベルでは明らかに達成できないようなひねくれた問題を出す教師も中にはいるのだ。

 ただし、やはりダントツで多いのは誰かを敵とし戦うことである。そしてわざわざこういう森の中を選んだという事は、野外戦である確率が非常に高いという事だ。


「カズサ、お前しょっちゅうヤマトに追いかけ回されて逃げ惑ってるよな」

「・・・・・・・・うん・・・逃げ惑ってるよ・・・」

「素早さが上がってるはずだから大丈夫だ。更に打たれ強くもなっているはず」

「ええ〜〜? そういうなぐさめ方、あり〜?」

「ありあり。人生ポジティブに生きないとな」

「……しかしだな」


 ヤマトへと変身をしたセイジが前を行きながら口を開いた。


「この時期、俺さま達のようにサボっていたわけではなく、単に実力が無くて前回のテストに落ちた者達がまだ多い。我々のような少人数は一度大勢に狙われると非常にやりにくいからな、ということで……皆の者」


 振り向くヤマトの瞳の奥が鋭く光りを放つ。


「今回のレベルアップテスト、作戦Nで行くぞ!」

「作戦Nか」


 ヒュウガが納得したように復唱した。


「作戦N?」


 カズサは全く覚えが無いらしく首を捻った。



◇◇◇



「……――であるからして、おまえ達はこれから10分後の16時半より、この第五エリア内で五人と戦い勝ってもらう。相手が誰だろうとかまわないぞ! とにかく五人だ! 倒しまくれ!!

制限時間は18時半まで! 五人倒した時点でここに戻って来るんだ。ただし、倒された奴は脱落だ。その時点で参加資格を失うぞ、気をつけろ。それと先程渡したバッジは決して外さないよーに!

それでは解散!」


 担当教師、レスラー=ヘラクの指示に従い、全員が散り散りに移動を開始した。一度にこんなに集まっていたら、攻守どちらも不利になるのみだからだ。


「五人か……結構きついね」


 『赤虎ひのえとら』の三人も適当にエリアの中を歩き回りつつ、カズサがぼやいた。


「きついと言うより、厄介だぞこれは。強い弱いに関係なしにクリアできない可能性がある」

「え? どういう事?」

「いいか。さっきあそこに集まってたのは大体九十人程度。オレ達三人だけでも倒す必要がある人数は3かける5で十五人、それがもう一組いるだけで三十人が消されるわけだ」

「うわぁ……。って事は、九十人の中で生き残れるのは、…………え〜っと……90わる5で……」

「二十人だ、馬鹿者」

「十八人だよ、バカ。しかも、話はそう単純じゃない」

「え、なんで?」

「たとえばだ、一人をやっつけた奴が誰かにやられ、二人をやっつけた奴が誰かに倒されるかもしれない。敵を倒すのが遅れれば遅れる程、オレ達の倒すべき敵が激減してっちまうんだよ」

「……へ〜……」

「……ほぉう……」

「……分かってないなおまえら?」


 面倒臭そうにため息をつくヒュウガ。


「だからだな、今ここにいる三人の中で、お前は二人を倒さなくちゃいけないとする。誰を攻撃する?」


 ヒュウガにいきなり聞かれ、カズサは少々うろたえる。


「えっ、誰をって……ヒュウガとリーダぁ?」

「そうだ。じゃあ、オレが先にこいつをこてんぱんにはり倒してたとする。誰を倒す?」


 ヒュウガはヤマトの肩にぽんと手を置き、再び同じ質問を繰り返す。

「なんだとっ?」と不機嫌そうにヒュウガを睨むヤマト。


「……二人じゃなくなっちゃうじゃん、出来ないよ」

「その通りだ」


 ヤマトに首を固められゲンコツを喰らいながら、ヒュウガは満足そうに頷いた。


「つまり、このテストはそれと同じことが起きちまう訳だよ。勝ち残っていっても倒すべき相手が居ないんじゃ意味が無い。とことん意地の悪いルールだ」

「あ、そうか! ほんとだ! ヒュウガすごい!」

「うぬう、確かにそれは問題だな」


 ヤマトも唸り声を挙げた。眉間に刻まれたシワが更に深くなる。


「そんな中一人五人も探し出すというのは……」


「これに気がついた奴らは開始早々エリア内を練り歩きまくると思うぞ。そのほうが敵に当たる確立も大きいからな。……罠にかかる確率も高いけど」


 ヤマトの歩みが止まった。顎に手を添え考え込んだまま黙りこんでしまう。仕方が無いのでヒュウガとカズサも立ち止まってヤマトに合わせる。

 しばらくして、遠くの方から開始の合図が聞こえてきた。これから、二時間に渡るテストの始まりだ。その合図を聞いて、やっとヤマトは口を開いた。


「フム……。こうなったらいっその事、全員レベルアップは諦める、というのはどうだ?」

「…………どういうことだ?」


 ヤマトの提案に、ヒュウガがいぶかしげに眉をひそめた。


「今回は個人戦だろう。おぬし達が俺さまに勝ちを譲れば俺さまはたったの残り三人しとめれば良い! ……その方が確実だろう」


 仮面に隠れたヒュウガの瞳にわずかに剣呑な光が混ざる。


「てめえ、本気で言ってんのか?」

「無論だ」

「……そうかよ」


 辺りのぴりぴりとした空気を感じ取り、カズサは慌てて二人の間に割って入った。


「ダメだよリーダぁ、おれ達三人で上がらないと意味が無いじゃん。ね?」

「全員落ちるよりマシではないか!」

「いい加減にしろ! ヤマト!」

「こういうものはリーダーが一番レベルが上と相場が決まっているだろう!」

「なんでてめぇはそうやっていつも理不尽なんだよ!!」


 ヒュウガが腰から〈濡れ手拭い〉を解いてヤマトの足元を打ち払った。慌ててその場を飛びのくヤマト。


「何をする!!」

「こっちのセリフだクソリーダー!」

「ぬう、もう許しておけん!」


 ヤマトは腰から〈十手〉を二丁引き抜くとそれぞれを逆手に構えた。


「上の者に対してのその態度、覚悟は出来ているな!?」

「ねえちょっと、待ってよ! まずいって! ちょっと……二人共ぉ!!」


 カズサの静止も空しく、ヤマトとヒュウガは乱闘に突入した。



◇◇◇

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