二番勝負

〜赤虎 VS 昇進試験(Lv.2)〜

赤虎 作戦Nの使いどき①


「見つけたぞキサマ等ぁぁ!!」


 雄叫びを上げて降ってきたのは三つの赤い影。言わずと知れた『赤虎ひのえとら』の三人衆だ。

 勇ましく現れた彼らに呆れた視線を送りつつ、あかねはあくひろ印のパック牛乳をゴクゴクと飲み干した。ここあくひろ学園は広大な敷地に複雑に入り組んだ校舎、大勢の生徒達から成り立っている。同学年でもクラスと科が違えばほとんど顔を合わす事がなく、故に知らない相手を探すとなると大変な苦労だ。いくら昼休みが二時間近くあるとはいえ、食堂街でも中央広場でもない木陰でお昼を食べていた葵達を見つけることが出来たというのはもはや神業に近い。


「あなたたち、今朝の……」


 あかねと違い葵はただただ驚いていたようだが、その間に飲みきった牛乳のストローから口を離し、あかねが面倒くさそうに口を開いた。


「ま〜た出てきたのか、えーと…………ヒミコ」

「誰がヒミコだ!!」


 あかねの失礼な間違いにヤマトが一喝する。


「違うよあかね。確か『火の車』のイモコだよ」

「あら? 『日の目を見ない』ウマコじゃなかったかしら?」

「一体何処から出てきた名だ! ヤマトだヤマト!」


 初っ端から精神的打撃を受けたヤマトに代わりヒュウガが口を開く。


「ちなみにオレたちゃ『赤虎ひのえとら』だ。まあ判りづらいのは認めるけど」

「確かにねぇ〜」



 ごいんっ。



 頷くカズサにすかさずヤマトがゲンコツを落とす。


「なんでおれだけ〜!?」

「とにかく!!」


 カズサの抗議は受け付けず、ヤマトは後ろの腰帯から青い房飾りの〈十手〉を引き抜いた。〈赤十手〉同様、この〈青十手〉はヤマトが扱う武器の一つである。


「今度こそ覚悟してもらう!」


 〈青十手〉を逆手に持ち腰を落とすヤマト。呼応するようにヒュウガが腰帯を〈濡れ手拭い〉へと変え、カズサが袖から芯が鉄で出来た〈かざぐるま〉を取り出す。


「“かざぐるまのカズサ”って呼んでね」

「全国健全お茶の間時代劇なんてパクっていいのか? あれ正義の味方だし」

「うむ。おぬしはどちらかというとうっかり屋のポジションだな」

「おれそんなに食いしん坊じゃないもん!」


 軽口を叩いてはいても葵達を見るその目は真剣だ。


「困りましたわ。“一般”になってまで悪者と戦わなければならないなんて、あかねも不憫だこと」


 アサギが手さげ鞄から〈電磁鞭マグウィップ〉のグリップを取り出す。握りを絞って地面を撫でるようにすると、地面から黒いものが収束し、青白く光る鞭へと変化した。


「はぁぁ、全くだよ。ね、アサギ。昔開発した武器とか持ってない?」

「今は護身用に持っているこの鞭しかないわ」

「鞭、か……しょうがない。葵、よろしく頼むね!」

「オッケー、まかせといて!」


 葵が両手を胸のバッジにかざした。


「変身バッジ起動! 個体名、〈ナディア〉!」


 とたんに葵の体が光に包み込まれる。

 胴体を包み込むように現れた光が体の線に沿って伸び、腰の位置から放射線状に広がった光はふわりと薄い青色のショート・スカートへと姿を変えた。足を閉じ両手を大きく横に広げると両手の中指に光の束が収束し指輪へと形を変え、つま先から膝までを包み込む白いブーツが現れる。いつの間にか髪を後ろで結い上げると最後に背中に大きなリボンを形作る。


「許しちゃいけないあなたの罪を、広く大きく包み込む! 守護者ナディア、お待たせしました!」


 完璧なる決めポーズで登場したナディアは、右手に持った装備〈ねこじゃらしセタリア〉を『赤虎』の面々に突きつける。


「海より深く反省なさい!」

「くっ……こいつ、もしや“守護科”の人間か……!?」


 思わず唸るヤマト。


「すごい……! おれ、“守護科”の人初めて見た……!」

「驚いてる場合じゃないぞカズサ。こりゃあ相当厄介な相手だ」


 言いつつ、ヒュウガはひそかにため息をついた。

 その名の通り、“守護科”は人を守り手助けする力がある。

 人によって扱うことの出来る能力は違うが、チームの中に“守護科”の人間が一人いれば、その戦力は格段に高くなると言われている。最も多い超能力を初めとした能力者、自分の意思とは関係なく自分や周囲に影響を与える特殊体質者など、一般人が持たない力を持っている生徒が在籍している学科だ。

 “守護科”の人間は重要な人材ゆえ指示を出す立場、いうなればボスの座に収まっている者も多いようだ。

更に……これはあくまで噂であるが、“守護”となる資格を持つものはたいていの場合男女共に『美形』でなければならないという。……あくまで、噂である。

このような特殊な科である為、“守護”となれる者は極めて少ないのだった。


「しかし、所詮周りにいるのは“一般”人!! 恐るるに足らんわ!!」


 ヤマトが吼え、あかねに突っ込んだ。

 〈青十手〉を繰り出すが攻撃は空を切る。ヤマトをひらりと飛び越え放ったあかねのまわし蹴りを、今度はヤマトが振り向き様に〈青十手〉で防いだ。あかねは〈青十手〉を蹴り放ち少し離れた地面へと着地する。


「――やるじゃん」

「おぬしもな……」


 互いに瞳に狂気をちらつかせぺろりと唇を舐める二人。


「あかね、正義の少女っぽくないわよ」

「もうヒーローじゃないからいいんだよ!」


 見かねたアサギの一言も一蹴されてしまう。


「……なんだか男勝りな奴だな、あのあかねっての」


 アサギに対峙していたヒュウガが呟いた。


「格好いいでしょう? 入っていたグループのかわいい女物コスチュームが嫌でヒーローをやめたのよ、あかねって」


 冷静なアサギの返事にヒュウガは深々とため息をつく。


「かわいい服を着たくないなんて……もったいない……」


 アサギの瞳の奥がきらりと光った。


「あなた、ね……?」


 対してヒュウガもにこやかに答える。


「むこうから寄ってくるんだよ」

「じゃあここはセオリー通り、許せない女の敵という事にしておきましょうかしら……?」

「どうぞご自由に? 可憐な乙女」


 二人のいる空間に火花が散る。

 ここでもまた、静かなる攻防戦が繰り広げられたりしているのであった。



◇◇◇


「え~……と?」


 カズサは困惑の表情を浮かべつつ辺りを見渡した。

 他の二人はすでに戦い始めている。ていうかいつの間にか戦い始めている。目の前に残っている敵は一人。選択肢はこれしかないのだが…………、


 ――なんかおかしくない? なんだって一番厄介な奴なんだろ? っていうかおれ『赤虎ひのえとら』の中で実力一番下だよね? このチョイスおかしくない? え、まさか押し付けられた? まじで? おれ生贄??


 悩むカズサをよそにナディアは両手の薬指にはめた指輪を引き抜くと高く放り投げる。


「おいで、スカイ! フィー!」


 ナディアの言葉に呼応し指輪がその形を人ならざるものへと変える。

 大きく丸い瞳に縦に走る瞳孔。四肢から伸びる鋭い爪。長くたゆたう尻尾。ぴんと立つ両耳。


「リーダぁ、上ー!!」

「何事だカズ――……」



ぼふっ。



「ふぉぼすっ!」


 焦りを含むカズサの声に振り返った矢先、ヤマトの顔面に丸い毛玉が落下してきた。


「ええい、なんだこれは!」


 張り付く毛玉をべりっとひっぺがしたところに二つ目の毛玉が直撃する。



ばふっ。



「だいもすっ!」


 衝撃に仰け反りピクピクと痙攣するヤマトの手から逃れ地面に降り立ったのは空色の猫である。同じくヤマトの顔面に張り付いてパタパタと尻尾を揺らすのは若草色をした猫だった。


『パワー作動っち。ターゲット一人の体力、装備の防御効果ダウンだっち』


 若草色の猫――フィーがヤマトの顔面からひらりと降り立ち言葉を発する。対して空色の猫――スカイは身軽に飛び上がるとあかねの頭でぴょんと跳ねて木の枝に着地する。


『パワー作動くも。ターゲット一人の体力アップくも』

「うわ、うわっ。猫がしゃべってる! すごっ!」


 カズサがずざざざ、と十歩ほど後ずさった。言葉とは裏腹に行動は回避的だ。未知の存在に完全に腰が引けているらしい。


「うわぁ……。すっごい初々しい反応。」


 思わずあかねがつぶやいていた。自分もかつてこういうものを見て驚いたものだ。


「くぉらカズサ!!〈パワーマスコット〉も知らんのか己は!!」

「ハズカシイやつ~~」


 『赤虎』の他二名がこぞって冷やかした。


「えっだっておれこんなん初めて見るよ! っていうかまずまともに誰かと戦うのが初めてじゃんおれ達!」

「やだ、初めてで“一般科”に手出してるの?」

「恥ずかしい人達ね」


 ナディアとアサギの冷やかしをよそにヤマトはいつの間にかカズサの背後に回り頭の両脇を拳で挟んで“うめぼし”をお見舞いしている。


「そぉいう余計な事を言うんじゃなぁい!!」

「いだだだだだだ!! ごめんなさいぃ~~~!!」

「こぉの、たわけがぁぁぁ!!」


 カズサの襟を引っつかむと一本背負いの要領で空中にぶん投げるヤマト。

その軌道上にはあかねとナディアが。これに乗じて吹っ飛ばすつもりだ。


「ひぃぃえええええええ!!?」

「甘い!」


 あかねは一声吼えると、乱闘によりへし折られた木の枝でフルスイングよろしくカズサを薙ぎ払った。カズサは軌道を変えアサギの目の前の地面へ力無く落下する。


「・・・・・・はひぃぃ~~・・・・・」

「味方に容赦ないのね……」


 カズサの不憫な扱われ方にちょっと同情するナディア。犠牲者となったカズサの目はぐるぐると渦巻いている。

 アサギが動けないカズサの元にしゃがみこんだ。


「どれどれ。敵さんのお顔でも拝見しようかしら」


 こちらも十分容赦無しだ。

 アサギがいそいそと仮面に手を掛けた所に、〈濡れ手拭い〉がカズサの顔を覆い込む。



 スパンッ!



「―!―」


 カズサの戦闘服から光が弾けると共にアサギの手から仮面が落下し、地面に跳ね返る前に溶けて消えた。


「そ~ゆ~事されるのは困るな。こっちも設立早々構成員の正体バラす、なんてゆ~訳にはいかないんでね」

「ふむ……ふぐぐ……!」


 変身が解かれ制服姿に戻ったらん丸が必死にもがいて無酸素を訴えるが、気づかないのか気にしていないのかヒュウガは一向に力を弱めない。


「残念だわ。あと少しでしたのに」


 軽く肩をすくめて、アサギは身を引いた。言うほどあまり残念ではなさそうだ。


「ぐぬぅ、こうなったら……ヒュウガ! カズサ! 作戦Zだ!!」

「ラジャー!」

「うむぅぅ!」


 二人の声が揃った。


「戦略的撤退!!」


 とたん、三人の姿が掻き消える。


「作戦て! 逃げんのかよ!」

「まあ。逃げ足だけは素晴らしく速いですわね」

「Zって…………すでに最終手段だよね」


 ナディアはぽつりともっともな事を呟き、他二名がその言葉に同意し頷いた。


「スカイ、フィー、おいで。終わりだよ」


 ナディアが呼ぶと、二匹の猫は跳びあがり、空中で宙返りをした。猫の姿が指輪へと戻る。ゆっくりと落下する指輪を捉えて手へと戻し、ナディアは変身を解いた。


「お疲れさん」

「それにしても、とことん緊張感の無い人達でしたわね」

「バッジのレベルたった1だったよ。しかもあのネクタイの色は1年生」

「そういえば、ネクタイ赤だったね」

「この分じゃあいつら、実力も大したことないんじゃないの?」


 頭の後ろで手を組むとからからと笑い声を上げるあかね。


「そうかもねー」

「まあでも、暇つぶしにはなりましたわ」

「ははっ。らくしょーらくしょー……」


 余裕満々におしゃべりしながら、葵達は校舎へと帰っていった。



◇◇◇



ガササッ。



「うわっと……!」


 らん丸はずり落ちた片足を慌てて引っ込め幹に抱きついた。


「あぶないあぶない……」


 そしてやはり太い枝に全身でしがみついているセイジに声をかける。


「リーダぁぁ……。あんな事言われてるよ~?」

「お……おのれぇ~……!!」

「だからレベルアップテストサボらずに受けたほうがいいって言ったんだよ……」


 枝のひとつに座り込んだ悠馬が小さくため息をついた。


「完全にバカにされてるね、おれ達」

「レベル1じゃなぁ~」

「あの人、レベル5のバッジ付けてたよ。レベル5」

「“守護”の葵ってのが2年の制服着てたから、多分皆二年だろうな」

「いやこれ、このままじゃマズいでしょ。絶対これ勝てないって」

「初めての敵が、レベルの差が4じゃあなぁ」



etc、

etc…。



「ええい、黙れぇぇい!!」

「ふぎゃっ」

「うげっ」


 セイジが木の上で暴れ出したせいでらん丸と悠馬は揃って茂みの中に落っこちた。


「よかろう! そこまで言うのならレベルアップテスト、受けてやろうではないか!!」


 セイジが枝の上に立ち上がり意気込む、その真下から。


「次のテストは来月だけどな」

「あ~、二週間待たないとダメだねぇ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」



 どげしっ。



「へぎゅっ!」

「あだっ!」


 セイジは無言で飛び降り様二人に蹴りを喰らわせた。

 はっきし言って八つ当たりである。



◇◇◇

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