第426話

 セセリナは言っていた。

 ミダンディアと呼ばれた地に、古に滅びた炎の王国があったと。

 その王国こそが、古き炎の神々の家だったのだ。

 それを天の神々とそれに従う人の子が奪った。

 それはあの炎の神にとってどれほど不安で、悲しい出来事だったろうか。どれほど心細く、恐ろしい出来事だったろうか。

 かつて突如として父を殺され、家族を殺され、一族を殺され、一人草原に放り出された娘にわからぬはずがない。

 己と同じように、彼の神もまた帰る家を失くした者だったのだ。

――ウボオオォォ!!

 迷い子がそうするように古き神が泣く。

 ただ不安が溢れ、寂しさが溢れ、悲しみが溢れて止まらないから、どうしようもないから、イファートは泣いているのだ。

 慟哭する炎の神のその姿に、カムは胸が締め付けられる思いであった。

 哀れだと、そう思わずにはいられなかった。


 何という事だろう。

 己より圧倒的な存在を、千の軍勢をあっと言う間に消し炭にしてしまう力の持ち主を、はるか古より生きる神に対して、草原の地に育った娘は憐憫の情を抱かずにはいられなかったのだ。

 彼女だけではない。多くの者達がそうであった。

 天上の神々を崇める壁の民達すらもそれは同じ。

 そして、繰り返し助けを求めるように泣き続ける神のその声は、深き眠りの底に揺蕩う少女にもやがて届いた。

 神の慟哭が召喚者である娘の意識を呼び覚ましたのである。

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