第425話

――ウボオオォォ!!

『同じ星に生まれた兄弟』。その言葉に、イファートの動きが止まり、慟哭する。

――ウボオオォォ!!

 そうそれは間違いなく慟哭であった。咆哮ではなく慟哭。

 深き怒りではなく、深き悲しみの声色。

 血と骸溢るる地に響き渡る古き神のその声は、多くの者達を戸惑わせた。

 城に篭もる者達は震え声をあげる炎の巨躯をただ見上げていた。


 されどそんな中、ジバ族の娘だけは少々様子が異なっていた。

「泣いているのか……? 神が、まるで幼子のように……」

 イファートの慟哭にカムは幼き日、父ムーソンと交わした会話を思い出す。

『ねぇ父様。教会の神様ってとてもすごいのよ。なんでも知っていて頭がすごくいいって。あとねすごく強いのよ、絶対に泣かないの、転んだってへっちゃらなの。それに完璧? なんだって。間違ったり、失敗だって絶対にしないのよ』。

 書物に記された草原の外の世界に、幼き彼女は憧れを抱いていた。

 教会の神々がずっと眩しく映る少女に、父は笑いながら言った。

『ああ、教会の神様達はそうらしい。だけどカム、草原の狼神は違うぞ。教会の神様みたいになんでも知ってるわけじゃないし、失敗だってする。それにすぐ怒る』。

『ええ、私、教会の神様の方が好きだな』。

『そうか。だけど狼神様にも教会の神様なんかよりずっと素敵なところもあるぞ』。

『ほんとに?』。

『ああ、ほんとさ。機嫌が良いとな、狼神ヴィンガルムは子供みたいに笑うそうだ』。

 子供みたいに。

 その響きが、あの日の自分にはひどくかっこ悪いものに思えて嫌だった。

 なんと愚かな娘だったのだろう。

 今ならばわかる、父ムーソンが言っていた事の意味が。


 どうして笑わぬ者達に、人の喜びの何が理解出来ようか。

 どうして涙を流せぬ者達に、人の痛みの何が理解出来ようか。

 笑わぬ者よ、涙を見せぬ者よ。

 完璧と謳われ、人及ぶべくもない優れたる天上の神々よ。

 お前達は知っているか。

 大粒の涙を流し、声をあげ泣く者達の痛みを、その苦しみを、お前達は知っているのか。


 かつてあれほど眩しく映っていた天の神々が、今はひどく遠く、色褪せた作り物のように思えてならない。

 教会の神々に対して決して抱けぬ感情。

 それが、胸より溢れて仕方が無い。

「そうか、お前も帰るべき家を無くしたのだな。それが悲しくて、それが怖くて、だからお前は……」

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