第323話
フリアの地に住まい魔術を極めんとする者達において、『ガルドンモーラ』の名を一度も目にも、耳にもした事がないという者はまずいないだろう。
それほどに黒の怪人の名はフリアの魔術師の間では知られているものであった。
とはいえ、その広く知られる名とは対照的に、彼の詳しい素性について知る者は多くない。
正確な出自は不明で、伝えられる容貌から大陸南のジリカ大王国よりやってきた黒武人ではないかと推測されているが、それが正しいかどうかまでは定かではない。
そもそも、それほど名が知られる魔術師であるなら外見を化かす術の一つや二つ扱えていても不思議ではなく、性別すらも恐らくは男であろうという推測止まりにすぎぬのだ。
『ガルドンモーラ』について言える確かな事は、もっとも古きものでジリカ大王国に保管される八百年近く昔の書にその名が登場しているという事であり、不確かな事では、十数年昔のフリアの地での噂話にまで登場しているという事だ。
なんとその年月八百年、人の寿命を優に超えている。
魔術師の中には秘術や秘薬を用いて長命となる者もいるにはいるが、人の身では百を超えれば大往生といえ、正確に記録されているものに限れば百五十年ほど生きた魔術師がいるものの、到底八百年には及ばない。
他にも隠者として二百、三百年と生きた魔術師の話はあるものの、やはりそれでも八百年にはまるで足りない。
それほど八百年というのは人の生としては通常考えられない数字であった。
その為、エルフ説から二つ名の一子相伝説までいろいろと真偽不確かな話には事欠かず、果ては『ガルドンモーラ』の存在そのものすら疑う者も少なくない。
ある時は稀代の奇人として語られ、ある時は超凡なる賢人として崇められる謎多き伝説の魔術師、それが『黒の怪人ガルドンモーラ』である。
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