第229話

 決闘の決着、その結果に動揺していたのは何も貴賓席にいる者達だけではない。

 予想外の決着にそれまである種呆然としていた観衆達が現状を認識すると、当然の如く騒然となり始めたのである。

 彼らを代表する英雄の男の死と敗北に、ある者は怒り、ある者は嘆き、ある者は絶望した。

 そして、どよめく観衆達の中から一際大きな声が上がる。

「あるかぁ!! あるか、あるか、あるかぁ!!」

 それは会場に響き渡るぐらいの大声であった。

 人々の視線が自然と大声の主に集まる。

「このような事があるか!! あれほどに美しく、堂々たる戦いを見せた我らの同胞が、醜く地を這うように戦う者に敗れるなど、あってなるものか!!」

 怒りを込めた彼の主張に、人々は静まりかえり、耳を貸す。

「あの姑息な異人の男のどこに、勝利に値うほどのものがあった。あれが神々の祝福を受けるに相応しき男の戦い方か!! 違う!! 断じて違う!!」

 怒声は勢い衰える事なく、会場に響き続ける。

「では何故だ!! 我らが同胞を、英雄を、何故神々はお見放しになられた!! わかるか!!」

 男の問い掛けに、観衆は沈黙で答える。

「間違っていたのだ!! そもそもが間違っていたのだ!! この裁判は不当極まりない!!」

 王の名のもとで開かれた決闘裁判にも関わらず、微塵もためらう事無く、その正当性を批難する大男。

「マルフスの虚言とその罪は、神々の審判を乞うまでもなく明白であった!! 神々はお怒りになられている!! この不当なる決闘、それ自体に!!」

 大男は否定する、この決闘裁判の神聖を。

「我らの英雄はその犠牲となったのだ!!」

 大男は主張する、冬一番の戦士、英雄の犠牲を。

「正さねばなるまい!!」

 そして彼は人々に訴える、なすべきであると。

「我らが犯した過ちを、我ら自身の手で正さねばなるまい!!」

 正義の執行を呼びかける。

「咎人を断罪せよ!! 不徳なる者達に死を!! 正義をなすのだ!!」

 その主張に。

「そうだ」

 一つ同調の声があがった。

「そうだ!!」

 二つ声があがった。

「そうだ、そうだ!!」

 三つ、四つと同調する声があがっていく。

 無論、神聖な決闘裁判の結果をひっくり返そうと言うのだ。いくら不服に思おうと、この場にいる全員が男の主張に同調するなどありえない。

 しかし、次々とあがっていくその声は、まるで決闘を見守った全ての人々の思いを体現しているかのように見せかけ、膨張していく。

 その勢いに、雰囲気に、異論を口に出来る壁の民はいなかった。

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