第215話

 観衆達の大喚声が轟く中、二人の闘士がゆっくりと剣を構え、動き出す。

 最初に攻撃を仕掛けたのはレグスの方だった。

 ブノーブの大剣、その間合いぎりぎりのところで、彼はローブの内にしまった短剣を次々と目にもとまらぬ手早さで引き抜き、投げ付ける。

 その数三本。

 どれもが的確にブノーブの急所を狙い飛んでいく。

「ふんっ!!」

 その全てをブノーブは大剣の一振りにて、防ぎきってしまう。

 彼には見えていたのだ。レグスの投げつけた短剣の軌道も、投げつけるという行為そのものすらも。

「無駄だ!! お前の見え透いた小細工が通用するほど壁の戦士の剣は、ぬるくはないぞ!!」

 闘士が使用する武器については事前に互いが確認済みであった。

 わざわざ十本もの短剣を壁の民に用意させたレグスの意図を考える事など子供にすら出来る事だ。

 三フィートルの大男が大剣を振るう、その間合いの広さに対抗するにもっとも単純な方法。それは投擲に依る大剣の間合い外からの攻撃。

 壁の民が執り行う決闘裁判においては基本的に防具の使用が認められていない。これは投擲という攻撃方法に大きな優位性を与えていた。

 盾は無論、鎖帷子を身に付ける事すらも許されておらず、実際両者共に防具らしい物などほとんど身につけてはいなかった。

 ブノーブにいたっては、防具どころか上半身には衣服すら身につけていない。美しく隆起した筋肉を誇るように、半裸の姿でこの決闘に挑んでいたのだ。

 これは何も彼が異常な自己陶酔者である事を意味しているわけではない。

 決闘裁判とは、神々に対して闘士に選ばれた者達が己の心技体全てを捧げ審判を乞うという、神聖な儀式である。

 決闘は闘士と闘士の戦いであり、武器や防具を作る鍛冶職人の戦いであってはならぬのだ。

 闘士が武器に頼り、防具に頼るは、この決闘という儀式には相応しくない事。

 だからこそ、彼は衣服すらも身につけぬ事で、あるべき闘士の姿を見事体現しようとしていたのだ。

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