第190話

 そんな彼の執念が伝わったのか、遊牧民の女は表情を変えて語り始める。

「……私は十五の時、生まれて初めて人を殺めた。憎い相手だった。どれだけ殺しても殺し足りぬほど、憎んだ相手だった」

 何かを思い出すようにゆっくりと、しかし力強く言葉を発していくカム。

「その男を殺す為だけに、私は生き、ひたすら修練をつんだ。……ずっとそれが正しい事だと思っていたのだ」

 彼女の言葉をファバは黙って聞いていた。

「だが、そうして生き、やがて手にしたものは間違った強さだった。今でもよく覚えている。浴びた血の熱も、その臭いも。忘れようとしても決して忘れる事など出来ない、人を殺めてしまった者が背負う呪い。ひとたびその呪いにかかれば、もう同じようには笑えない。同じようには泣けやしない。喜びも怒りも、それまでと同じではなくなってしまう。一度手を汚した人間は、もう二度ともといた場所には帰れない。……トウマ、お前はこっち側に来ちゃいけない」

 悲しくも優しい瞳だった。

 それは普段の凛とした表情からは想像も尽かぬほどに脆い女の顔。

 偽りの演技で出来るようなものではない。

 だが、……いや、だからこそ、少年にとってそれは皮肉にも、背中を押すような行為に他ならない。

「くく、ははっ、くははは」

 小刻みに笑い少年は言う。

「十五で一人ね、上等だよあんた。……俺はもう片手の指じゃ数え切れないほど殺してる。何の罪もない人間をさ。とっくの昔に俺のこの手は血に塗れてるんだよ」

 宿っていた。

 狂気が、強い憎しみが、怒りが、悲しみが。

 それは無垢な少年には決して出来ない禍々しい顔。

「あんたの言う通りだぜ。もう呑気に畑耕して生きてけるようなご身分じゃねぇんだ!!」

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