第159話

 カムが十一歳になった秋のある日、その事件は起こった。

 カム達が暮らす天幕群がトーザという男を中心とした反ムーソンの者達に襲われたのだ。

 一族の者達が次々と殺されていく中、ムーソンは戦い続けた。

 彼は襲ってきた者達の誰よりも強い男だった。

 一族の者を守る為、家族を守る為、必死に戦い続けた。

 しかし、それも、その奮戦も、最後には娘のカムを人質に取られるという形で終わりを告げた。

 ムーソンの予想以上の強さに、誇りも捨てて幼い少女を盾にするという浅ましき戦い方。

 ムーソンは叫ぶ。

「それがお前の言う誇り高きジバ族の戦い方だとでも言うのか!!」

 ムーソンの怒りにトーザは邪悪な笑みを浮かべて言う。

「これが『新しい時代』の戦い方だ。ムーソン、俺はもっと上手くやるぞ。かつてのジバの栄光を、俺は越えてみせる」

 そして新しい時代、言葉の力を信じたジバの男ムーソンは、怒りと屈辱、後悔と懺悔の中でその命を落とす事になる、娘の命は助けるという為されるかどうかもわからぬ約束と引き換えに。

 彼の命、その最後の瞬間、泣き叫ぶカムを前にして内に溢れているだろう負の感情を殺してムーソンは最後に微笑み、最愛の娘に言葉を残す。

 ただ生きろと、それだけで十分なのだと。

 彼らは約束を守った。ムーソンの一族でただ一人、この少女の命を取る事はしなかった。

 だがそれは誇りからでも慈悲からでもない。

 父を、母を、兄弟達を殺した男達は言った。

「もうすぐ冬がくる。この小さな娘に何ができようか。ただ凍え飢えて、死ぬだけだ」

 血塗れの天幕に男達の笑い声が響き渡っていた。

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