第129話

「いいのかよ」

 ファバが心配そうにディオンに言うが。

「気にすんな。あいつはちょっと子供っぽいところがあんのさ。……で、何の話してたんだっけ俺ら、そうだ、そうだ俺の奥さんの話だったな」

 脱線しかけた話題を本筋へと戻すディオン。

「えぇとだな。ゲッカがさっき説明してくれたように、デリシャは男の同性愛を至高とする奴らが多いんだけど、当然男同士じゃ子供は作れねぇ」

「ああ」

「だからまぁ、男同士の愛とは別に、女の嫁さんをきちんと貰って家庭を持つのさ」

「その嫁さんの為にあんたはグレイランドに?」

「そうだ。まぁこれがいい女でな。気立てが良くて美人で、俺にゃあもったいないぐらいの女なんだが、昔から体があまり丈夫じゃないうえに悪い病にかかちまってね。その薬がまたえらく高価でな。とてもじゃないが普通の仕事じゃ買えるようなもんじゃない。一年ほど前、ミドルフリアに仕事求めてやってきて旦那に雇われたまでは良かったんだが、その旦那が新しく即位した王様に牢屋送りにされちまって……」

「なんでわざわざこっちまで来たんだ、あんた結構強いんだろ? デリシャにも金になる仕事ぐらいあるだろ」

「まぁ、いろいろ特殊な国でな。俺は自他共に認める愛妻家だけど、デリシャじゃそういうのは変人扱いされる。女に堕落した軟弱者だと、美味しい仕事が貰えないのさ。連邦内ではデリシャ人ってだけ反感買う事も多いし……、となると大金求めるならミドルフリアだってなったわけだ」

「なんだよそれ、おいゲッカ!! 男が男を愛する事で誰が損をするだ、偉そうな事ぬかしてやがったが、きっちりデリシャ人の女がひどい目にあってるみたいじゃねぇか!!」

 責めるような視線をファバに向けられたレグス。彼は言う。

「デリシャが抱える行き過ぎた女性軽視の問題を男色という嗜好のせいにするのは愚かな事だトウマ。現にディオンは男を愛しながら妻の為に命を賭して灰の地を目指そうとしているのだろう。男色自体が問題なのではない、それを至高とし、他の形を認めようとせぬ狭量さこそが問題なのだ」

「まぁ、そういう事だ。同性愛がここまでデリシャに広がった背景には大昔、共和国としてデリシャが纏まりに欠いてた頃、内で争うデリシャの人々を見て政治家であったティリテウスが言った一言にあるそうでな」

「隣人を愛せ その愛がやがてデリシャを包む」

「おお、よく勉強してるじゃねぇかゲッカさんよ」

「こんなもの勉強しているうちには入らん」

「おうおう、ご立派なもんだ。……でそれは本来まぁ、金だ女だ権力だ、そんなものを意地汚く我が物にしようとする輩を誡めて、戦地で肩を並べ共に戦う者、デリシャの為に命を賭して共に政治をする者こそが、愛すべきものであり、そんな愛すべき者同士が軍功や政治利権の為に足を引っ張り合うなど愚かな事だと、それはまぁ立派な理念だったわけだよ、かつては」

「だが、途中で歪んでしまった」

「そうなんだよなぁ。いつのまにやら戦場で戦う男、政治をする男、男こそがデリシャ人であり、女はおまけみたいな馬鹿な考えが蔓延していっちまった。ティリテウスも嘆いてるだろうよ、そんなつもりで言ったんじゃねぇって」

「デリシャのある種、歪んだ選民思想に警告を発していた者もいたようなのだがな。デリシャの愛は外界を覆わない、と」

「デリシャの選民思想に対するラクマトスの警告か。彼の言葉に耳を傾けた者が大勢いたのならデリシャが連邦に呑まれる事もなかったかもしれないな……。ってまぁた話が逸れはじめてるな」

 それからディオンは自分の妻の病の症状の話や薬の原料がグレイランドに生息している事などを説明し、新しい仕事を探すよりロブエルのもとに残り、ツァニスと共に灰の地を目指す事を選択したのだと言った。

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