第102話『サドゥダラの街』

「なんか案外と寂しい街だな。ミドルフリアの街って言うからにはもっと賑わってるものかと思ったぜ」

 サドゥダラの街通り、まばらな人影を眺めながら少しがっかりしたような調子でファバが言う。

 東の辺境生まれの少年の耳にもミドルフリアの地の噂は届いていた。

 貴族でない者すら食うに困る事のない楽園のような地で、硬い黒いパンではなく、軟らかく美味しい白いパンをミドルフリアの人々は食べているのだと。

 噂と言うのは大なり小なり尾ひれのつくものだ。それでも彼は辺境の国の街では見られないほど大きく、賑やかな街を想像していたのだが、見事に期待は裏切られた。

 サドゥダラの街は確かにそこそこに大きな街だが、この程度の街ならば彼の生まれ故郷ザナールでも見られる規模である。

「お前が噂に聞き期待したような街はもっと北にある大きな都市の事だ。それこそ王都フェンのようなな。こんな田舎街では白いパンは出てこないぞ」

 レグスは少年の欲望を見透かしていた。

「ああ、そうかよ。つまんねぇの。で、その王都に立ち寄るご予定は?」

「ないな」

「だろうと思ったよ。……おっ、ここじゃねぇのか?」

 大きな酒樽が描かれた看板の前で足を止め、そこに書かれた文字を難しい顔をしながらファバは見つめている。

「えぇと、デモッサンの……さかば……っだろ?」

 そう言ってレグスの顔を見るファバ。

「ああ、正解だ」

「おっし!! どうよ俺もたいしたもんじゃねぇの、この上達速度」

 彼は今、レグスから基本的な文字の読み書きを習っていた。これからの旅何が起こり、何が必要となるかわからない。字の読み書きを覚えておいて損になる事はない。機械弓パピーの訓練は勿論、空いた時間を有効に使い少年は必死に学んでいた。

 生きる為の武器を得ようと。

「まだ青語の初歩的な文字が読めるようになっただけだ。これから最低でも五大言語は全部覚えてもらうつもりだからな。こんなところでつまづいてもらっては困る」

 五大国の青語、黄語、白語、黒語、赤語は大陸各国に強く影響を与えている言語だ。フリアのほとんどの国では青語が公用語となっているが東黄系や北白系の者達は黄語や白語を根強く使用している現状がある。

 そして未開の地とされているグレイランドではあるが、彼の地に文明が何一つ存在しないわけではない。長い年月をかけて様々な人種の人間が富を求めて進出しており、どの言語も必要とされる可能性は十分に考えられる。

 だからこそレグスはファバに青語を始めとしてその他の言語も叩き込むつもりであった。

「うげぇ」

 学というものとは無縁に生きてきた少年にとって奇怪な記号の数々が意味を持った世界、それを知るのは喜びでもあった。

 しかし、その大変さも身に染みている現在、ここからさらに他の言語もとなると嫌な顔一つしたくなるというもの。

「入るぞ」

 そんな少年の小さな抵抗の表情を相手にする事もなく、レグスは酒場の中へと入っていく。

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