第101話『グレイランド』
グレイランド。
フリアの東、大陸の中央部に広がる巨大な未開の地は人々にそう呼ばれていた。
そこはカンヴァス大陸内において五大国の支配がほとんど及ばぬ数少ない地域。
病と魔物が蔓延り、蛮族達が跋扈する暗黒の地と人々に恐れられてもいるが、同時に巨万の富や珍しき動植物が眠っている魅惑の地でもあった。
しかし、この混沌たる灰色の地は、誰もが無条件に目指せるわけではない。
グレイランドは南北を標高一万フィートルを越す天険の山脈に、東の大部分は息をするだけでも肺が毒されるという巨大な湖『腐海』に行く手を阻まれていており、侵入路は限られている。
一つは大陸北部を支配する『バルシア大王国』から北東部へと侵入するもの、次に大陸南東を支配する『バトゥーダ大王国』から南東部へと侵入するものとがあるが、この二大国はグレイランドからもたらされる災厄を嫌い、グレイランドへの出入りを厳しく取り締まっており、宗教国家であるバルシア大王国については異国の人間が入国する事すら一筋縄でいかない。
残された主なルート、それはフリアの東に隣接している西端からグレイランドへと入る方法なのだが、これも無条件というわけではない。
フリアの東とグレイランド西の境目には、災いからフリアの地を守る為に築かれた南北に連なる巨大な壁が存在し、これを越えるのには壁を守護する『壁の民』の王である『壁の王』の許しが必要となる。
そしてこれを得るのが至難。
壁の民に対する貢献、つまりは莫大な富やそれに類する物が必要とされ、一般人はもとより木っ端の商人や貴族では『壁の王』の許しが出る事はまず有り得なかった。
では強行突破はどうか。
これは考慮するのも馬鹿馬鹿しい。
壁の民はグレイランドから壁を越えようと押し寄せる魔物、蛮族と数千年戦い続けている戦の民。
灰色の肌を持ち、その身長は三フィートルにも達する。
彼の男達が振り下ろす大剣は大地を裂き、彼の女達の弓から放たれる矢は天空を走り点を貫くという。
そんな強者がごろごろと存在するのが壁の民であり、フリアの諸王は災厄から命を賭して守護する彼らに敬意を払えど、侵すような真似は決してしない。あのアンヘイの狂王と呼ばれたヌエですら壁の民にはついに手をださなかった。
彼らの王たる壁の王と対等にあるのは、フリアの各国に影響力を持つフリア教の最高権力者『総大司教』、そして五大国の大王などごく一部の権力者のみで、フリアの諸王個人個人ではとても敵う相手ではない。
それほどに彼らの武は突出していた。
強行突破が無理なら、夜の闇に乗じて壁を越えるのはどうか。
それもやはり無理だろう。
壁の高さは五十フィートルはある。いくつか存在する巨大な門は必要時を除き常に固く閉ざされており、壁の民は鼠一匹の侵入も許さぬように見張り続けている。
彼らは理解していたのだ、小さな鼠であろうが灰色の地からもたらされる物がどれほど恐ろしい災厄を秘めているのかを。
そして根本的に、壁の民に夜の闇は意味をなさない。
人々は言う。
ユロア人の青い目は黄金を見つめているが、壁の民の青い目は闇夜を見分けている、と。
彼らの青い瞳には夜も昼と同じく明るく映っていると言うのだ。
壁の民に無法の手段は通用せぬ。
グレイランドという地に潜む脅威、そして壁を越える為に必要な手順。
この事実の前にフリアの人々は灰色の地の黄金に中々手が出せずにいた。
しかし、それでも全ての者達が完全に諦めてしまったわけではない。
解放戦争から二十年の歳月を経て、フリアに住まう欲深き者達は再び彼の地の黄金を抱く夢を追う。
ミドルフリアの諸王は総大司教の仲介を得て、壁の王から壁越えの許しを貰う事に成功し、大規模な開拓団を送り出す事を決議した。
そのうちの一つがベルフェン王国の大臣職を近頃まで務めていた男ロブエル・ローガが率いるローガ開拓団である。
この今や罪人となった男が率いる曰く付きの開拓団に参加しようとレグス達はベルフェン王国、国境の街サドゥダラへと足を踏み入れていた。
彼らの目的は当然黄金などではない。セセリナが語った古き精霊の国への『扉』を見つけようと、灰の地を目指す事にしたのだ。
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