第100話

 薄汚い欲望が渦巻く中、衛兵は言う。

「お前達の望み、至極最もである!! が!! 慈悲深き国王陛下はこの男に名誉を回復する機会をお与え下さった!!」

 そんなもの、この場に集まった人々は望まない。

 当然、彼らの失望は怒声へと変わる。

「何言ってやがる!! そんな男、とっとと吊るしちまえ!!」

「大臣様だけ特別扱いかぁ!?」

「殺せ、殺しちまえ!!」

 聞くに堪えない罵声。それを掻き消さんばかりの大声で衛兵は言う。

「聞けえい!! これは偉大なる国王陛下が御取り決めになった処置、何人たりとも覆す事かなわぬ!! この罪深い男ロブエル・ローガは!! 来年の花月……」

 花月は年が明けて三つ目の月。春が始まる月。

「ローガ開拓団を率いて我らがフリアの地を発つ事となった!!」

 衛兵の言葉に人々は戸惑う。

「開拓団って……」

「なんだ大臣様に農作業でもやらせようってのか」

「そりゃいい」

「はっきり言っちまえば追放処分ってとこか?」

「なんだよそれ、つまらねぇな」

「おいおい開拓ったってどこにそんな土地が」

「開拓って言えばよう……」

「今フリアを発つって言ってなかったか?」

「あの噂本当だったのか……」

 観衆の口から漏れ出る言葉は様々であるが、衛兵はそれらを相手する事なく話を続ける。

「行き先ははるか東の地、壁を越えた先!!」

 東の壁、それが何の事であるか。この王都フェンでは多少の学さえあれば子供すらも知っている。

 そしてその先に広がるものがいったい何と呼ばれているかも。

「壁って」

「おいおいまさか」

「まじかよ」

 死を願い、失望し、失われていた感情が観衆の中で蘇る。

「グレイランド!! 彼の地に眠る巨万の黄金を我がベルフェン王国に持ち帰ってのみ、この男の罪は償われ、栄光ある王都フェンの地を再び踏む事が許されるであろう!!」

 巨万の黄金。その甘美な響きに人々が沸く。

 無論グレイランドの黄金とは金鉱石の事だけを指しているわけではない。富の象徴としての黄金であり、巨大な未開な地に眠っている貴重な動植物の一撮みだけでもそれはいくつもの金塊と等価であるという。

 そして、黄金を愛するユロア人の貴族の中にはグレイランドに独自の殖民都市を築く事に成功し、文字通り、巨万の黄金を産出する金鉱山を所持する者もいた。

 黄金その物であろうとなかろうと、グレイランドには富がある。抱えきれぬほどの、想像すら尽かぬほどの富が存在するのだ。

 その黄金の物語に、無関心でいられる人間がどれほどいようか。

 人々は男の罪など忘れ、夢に酔う。

 だが彼らも底なしの馬鹿ではない。内心わかっているのだ。グレイランド、その地に足を踏み入れるという意味を。


 そしてその事を誰よりも痛感している者こそが、ロブエル・ローガ。

 この男であるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る