第32話『忌み子』

 少年はザナールの辺境にある村で育った。

 埃が舞い、カビ臭いボロ屋が彼にとってこの村での唯一の居場所であった。

 親の顔など知りはしない。

 最古の記憶は、誰かに手を引かれ小さな荒ら屋へと放り込まれる瞬間。

 彼はこの村の人々にとって望まれざる存在だった。

 それを知ったのはいくつの季節をそこで過ごした後だったか。

 最初はわからなかった。

 何故、こっそりとやって来ては、村の子供達が恐れと好奇心の込められた目で自分を見るのか。

 何故、時折やって来ては、村の大人の達が憎悪を込めた目で自分を見るのか。

 最初はわからなかったのだ。

 ある日、彼は村の子供に小屋から連れ出された。

 抵抗する事もなくついて行けば、そこには見慣れぬ子供達がおり、やはり彼らもよく知る目でこちらを見ていた。

 彼らは言う、呪われた子だ、本当に呪われた子はいたんだと。

 少年は問う、呪われた子とは何だと。

 彼らは答えた、それはお前だと。

 少年にはその意味がわからない。だから、彼は再び問うた、何故自分が呪われた子なのだと。

 彼らは言う、お前には悪霊が憑いているのだ、災いが閉じ込められているのだと。そして、お前の醜悪な顔はその証なのだと。

 少年は知らなかった。

 自分の顔がどのようなものかすら、知らなかった。

 少年は言う、自分の顔はそんなにお前達と違うのか。

 彼らは笑い言った。そこにある池で見てくるといい、自分のおぞましい顔に腰を抜かさぬようにと。

 そして少年は水面に映る、奇怪な物体を目にした。

 それが己の顔であると理解した時、少年の中で何かが変化した。

 村での生活は、全てが最悪だった。

 畑が呪われると、畑仕事すらもさせてもらえず、汚い小屋の中で、少年の世話役でもある半分呆けた老人を相手に過ごす日々。

 村の大人達の目を盗み、小屋の外にでる事だけが彼の非日常であった。

 勿論見つかれば、只では済まない。ある者は叫び声をあげ、ある者は怒鳴り、ある者は殴るのだ。

 そうしてまた、あの小屋へと少年は連れ戻される。

 誰かが言った、呪いなど馬鹿馬鹿しい、こんなガキ早く殺してしまえと。

 ……冬が来た。

 少年が迎える何度目かの冬だ。

 もう少年は知っている。自分がこの村でどういった立場にあるのか。

 少年は思った、来年の冬も、そのまた先の冬も、自分は小屋の中で呆けた老人と共に寒さに震えているのだろうと。

 だが、そうはならなかった。

 その日、小屋の中の少年は、聞き慣れぬ馬の嘶きと村人達の怒声、悲鳴で目を覚ます。

 何事かと外の様子を窺うと、そこには予想だにしない光景が広がっていた。

 自分達とは肌の色も目の色も違う男達が、馬で駆け、家々に火を放ち、村人達を犯し、殺し、攫っている。

 少年が感じたものは驚きと高揚感である。

 自分を虐げた者達とその『城』がいとも簡単に辱められ、壊れていく光景に彼の心は高鳴った。

 水面に映る己の顔を見たあの時、彼は自分が閉じ込められている『檻』を知った。そして、この光景は彼に『檻』の外の世界を示したのだ。

 小屋の扉が蹴破られる、それが『檻』にひびが入った瞬間。

 破られた扉から見慣れぬ男達が現れる。白い肌と青目の男達。

 男達は少年を捕らえ、彼らのボスの前へと引き摺りだした。

 見た事もないほどの大男。彼は少年の顔をじっと見てから、笑い言った。

 面白い、と。

 大男の名はダーナン・バブコック。大盗賊団『ドルバンの山猫』の首領である。

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