第31話
「ほう、お前はユロアから流れてきたのか」
ユロア大連邦は大陸中の国々を相手に交易する事で巨万の富を築いた商業国家群の面もあり、ユロア人は取引や契約を重んじると言われている。
そして政治的、宗教的、もしくは生活の為、理由は異なれど豊かな連邦の地を離れフリア地方に住み着くユロア人達も少なくはない。
ダーナン・バブコックもその一人というわけである。
とは言っても、所詮は盗賊、彼の言葉が信頼に足るとは限らない。
「昔の話だ……。……ギュスターヴ・アラスを知ってるか?」
「いや」
「今はパネピアのザネイラで領主となってる男だが、もとは奴もユロア人だ」
パネピアはザナール北の隣国で、ザネイラもその領地の一つである。
「かつての金名はコロペイナ」
連邦では社会にでるに相応しいとされた男性がその証となる税を納め、新たな名を別に受け取る習慣があった。
国家、大王から与えられるその名は金名と呼ばれ、一人前のユロア人の証となる。
一度金名が付けば、その後当人は金名で呼ばれる事が普通で、本名で呼ぶのは親しい間柄の人間だけとなる。
「フラーヌの貴族出身だが政争に敗れ、フリアに流れた」
フラーヌはユロア大連邦を構成するうちでも有数の強国で、その貴族となればかつてはかなりの権力があった事だろう。
「盗賊のお前が何故そんな事まで知っている」
「かつては奴のもとで働いてたからさ。……野心のある男だった。お前は知らんかもしれんがな、ユロアじゃ石を探るなんて大罪もんだ。首がいくつあろうと足りないぐらいのな。だが奴はフラーヌ時代から石に興味を持っていた。フリアに落延びて、あの石の噂を聞いた時、狂喜してたよ。これで奴らに復讐が出来ると」
「奴ら?」
「言ったろ政争に敗れて、フリアに流れたと。その復讐だ。奴は金名を捨てるほどに連邦自体を憎むようになっていた」
「その男なら石について何か知っていると」
「可能性はな。……奴の復讐、石に対する執念は異常だった。ついていけないぐらいに。……奴の事だ、まだ石を追い続けているに違いない」
「パネピアのザネイラか」
「ああ、そこにお前達が求めるものがあるかもしれん」
ダーナンはまだ自分達を襲ったのがこのたった一人の男だとは思っていない。
「だが忠告だ、やめておけ」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だ。ギュスターヴは手強い、あのフラーヌで政争に明け暮れて生き抜いた男だ。俺様ですら敵に回したいとは思わない相手だぜ。いくらお前達が山猫を追い込むほどに強力だとしても、奴は貴族だ。落ちぶれたと言ってもザネイラの領主、簡単にどうこうできる相手じゃない」
「いらぬ心配だ」
「心配もするさ、とくにお前についてはな」
「何故そんな必要がお前にある」
「そりゃそうさ……。お前達を殺るのはこの俺様だ。こんな真似しやがったんだ、許せるわけがねぇ。殺るのはギュスターヴじゃねぇ、俺様の手で必ずお前達を……」
強い憎悪、怒りのこもった口調。
「待ってろよ、必ず地獄の底でも追いかけててめぇを殺す。次の機会には必ず……」
呪うような言葉の連鎖、その途中、男は動く。
咄嗟の事に、毒による疲弊で重くなったダナールの心身はその動きについていけない。
「安心しろ」
剣がダナールの太い首を両断する。
戦いの終わりは呆気ないものだ。
「その機会が訪れる事はない」
ごろごろとダナールの頭が地面を転がった。
――貴族か……。
彼はもう次の標的の事を考えている。
ドルバンの山猫、何人か生き残りがいるだろうが、それをどうこうするつもりはもう男にはない。
あくまで彼の目的はキングメーカーと呼ばれる石である。
だが、地下に捕らえられている女を無視するまで薄情な人間でもない。
――とりあえずは女達はあの村にまで送るか。
そう思い、ローブに付いたフードを頭にかぶり、砦の地下牢へと向かう為に歩き出した男。
そんな彼のもとに見覚えのある者が駆け寄ってきた。
「あ、あんた!! 待ってくれ!!」
それは盗賊達にゴブリンと呼ばれているという、あの東黄人の少年だった。
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