第25話『首領』

 周囲を警戒する者達を除き、そこには幾人かの盗賊達が集まっていた。

 この危機的状況にありながらその誰もが、どこか緊張感に欠けている。

 正確に言えば、唐突な襲撃によって与えられた恐怖に負け、どこか気持ちが浮ついたままであった。

 一人の男、ドルバンの山猫首領ダーナンを除いては。

「ボス、あのガキまだ帰ってきやせんね」

 髭面で陰険な面をした盗賊がダーナンに言う。

 すると、首領はぎょろりと目玉を動かし彼を見て、口を開いた。

「喰われたか」

 巨漢と言うだけにはでかすぎる大男ダーナンの前では、どんな人間すらも子供のように見える。そばにいる盗賊達すらも座したダーナンよりも小さい。

 膨大な筋肉、恵まれすぎた骨格、そしてそこから生まれる肉体の迫力だけで多くの者は気を呑まれた。

 圧倒的、暴力的なまでの場を支配する力が彼にはあった。

「ええ、たぶん……」

 目の前で多くの仲間が殺されたこのちんけな盗賊の注意は今、謎の襲撃者ではなく、ダーナンの一挙手一投足に向けられている。

「まさか、逃げたんじゃ……」

 別の盗賊がぼそりと漏らす。

「おい」

 気に障ったのか、怒気を含んだ声でダーナンが言う。

「アレ、が逃げる? 何処に逃げるってんだ、あのチビが。何処で生きていくつもりだ、あの面で、あの弱さで」

「いえ、それは……」

「ありゃ、一人じゃ何もできねぇ屑だ。群れの中ですらまともに生きれねぇゴミだ。俺達がこの山猫で飼ってやってるからなんとか生きてけるだけにすぎねぇ、違うか?」

「……そりゃあ、もちろん」

「だったら何処に行く。何処にもいけねぇさ、あいつにはここしかない。何より俺様の命令に背く事がどういう事か、よぉくわかってるはずだろうが」

「すいません、ボスの言う通りです。あいつがここを離れられるわけがねぇ」

「二度とつまらねぇ事言うんじゃねぇぞ。次言ったら……、わかってんだろうな?」

「はい、二度と言いません」

「おう、わかればいい。じゃあお前行って来い」

「えっ」

「アレが駄目だったんだから、お前が次、行けってんだよ」

「そ、それは……、勘弁してくださいボス。あんな化け物がでる場所に俺一人で戻ったって……」

 涙目で許しを乞う盗賊。

 そんな彼に対してダーナンは裏拳を放ち、上半身ごと吹き飛ばした。

「うわぁ!!」

「ボス!!」

「ひぇ……!!」

 血肉を飛び散らせた仲間を見ながら盗賊達が動揺する。

 大人の男の肉体が座したままの姿勢から放たれたダーナンの一撃で消し飛んだのだ。

「つまらねぇ事は言うなつったばっかりだろうが、馬鹿が」

 横暴なダーナンの振る舞いに震え上がる盗賊達。彼らにとって間近の脅威とは侵入者ではなく、己のボスであるダーナン、容易に生まれるその怒りに触れる事である。

「敵襲!!」

 そんな彼らのもとに仲間が別の脅威が訪れた事を告げた。

「くるならきやがれ化け物共」

 人外の領域にいるのはダーナンも同じである。平均的な成人男性の背丈を優に超える両刃の大斧を手にのしりと立ち上がったダーナン。

 彼の前に敵である何かが姿を現すのにそう時間はかからない。

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