第7話『地下牢』

――深いな。

 静かな闇。底までの距離も広さもかなりありそうに感じる。

――とにかく明かりを。

 地下牢へ向かう為に暗黒を照らす松明を手に取ろうとする男。だが、その手が途中で止まる。

 一つの考えが彼の脳裏に浮かんだのだ。

――あれを使うか。

 男が手の内に収まるほど小さな小瓶を取り出し、その中身の液体を片目に一滴落とす。

 すると驚くべき事に、男の視界に明らかな変化が起きた。

 暗黒に包まれていたはずの地下牢の道が、まるで星明りに照らされるが如く明るくなったのだ。

 男が使用したのは星光露と呼ばれる貴重な魔法薬。一定時間使用者の夜目がきくようにする目薬で、本来両目に使用する物なのだが簡単に入手できる品でない為に男がそうしたように片目だけに使用し節約する使い方が一般的になっていた。

 魔法の星明りを得た視界を頼りに男は奥へと進む。

――ひどいな。

 行き着いた先、そこで男が目にしたのは、明かり一つない暗黒の牢に押し込まれた東黄人の女達の姿。悪臭放つその空間で彼女達は憔悴してしまっているらしく生気を感じない。

「お前達に聞きたい事がある」

「だ、誰!?」

 暗闇から突如聞こえた男の言葉に女達は驚く。何故なら、この闇の中聞き慣れてしまった粗野な青目人達が話す言語ではなく、平和な日常で親しんだ東黄人の言葉、『エジア語』、別称『黄語』が聞こえてきたからである。

「お前達をこの牢から助けだす者だ」

「私達を? ほ、本当に? 私達助かるの?」

 女達がざわざわと騒がしくなる。

「静かに。奴らに気付かれるとややこしくなる」

 それを男が制止し、彼は彼女らに尋ねた。

「女達はこれで全部か? 今連れ出されている者はいないか?」

 女達がこそこそと話合いを始める。互いの名を呼び、誰がいるか確認しているらしい。

 結論が出たのか、そのうちの一人が口を開く。

「わ、わからないわ。でも全員だと思う……。正確な時間はわからないけど、三日ほど前に何人か牢から出された人がいたの。でもあれから一度も戻ってきていないし、たぶんもう……」

 攫われ売られる。古今東西よくある不幸な話だが、今まさに行われている砦内での殺戮劇、その巻き添えにならぬのがせめての救いであるのかもしれない。

「そうか、よくわかった。……安心しろお前達は必ず助ける。だがまだ私にはやらねばならぬ事がある。もうしばらくここにいるんだ。私が戻るまで牢の外には出るな。今、上の階、砦の中は非常に危険だ」

「危険?」

「殺し合いだ。その巻き添えにはなりたくないだろう?」

 悪臭漂う地下牢に血の臭いが紛れていた。男の言葉で、その臭いに気付いたか女の表情に怯えが見える。

「わかったわ。言う通りに皆するわ。ここで待っていればいいのね」

「ああ、そうだ」

 男が女達との話を終えた時、何者か達が近付く気配が入り口の方からした。

 何者か、この状況で決まっている。

「まったくこの騒ぎだ。まさかと思いきてみれば、くせぇくせぇドブ鼠が一匹迷い込んでるじゃねぇか。ええ? どこから来たのかねぇ、ここは山猫の巣だぜ。鼠はお呼びじゃねぇなぁ!!」

 明かりを持つ手下達を従えて、風貌からして四十前後の男が二人、砦の侵入者を睨みつける。

「バウアー兄弟!?」

 女達が明かりに照らされた盗賊達の顔を見て悲鳴にも近い叫び声をあげた。

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