第6話

――やはりこいつらを使うのが一番か。

 男が腰に挿された二本の巻物、その一本を取り出し広げる。

 巻物には解読不可能な言語と奇妙な図形が描き込まれておりその中央には円状の空白地が存在した。

 その空白に男は己の指先から血を数滴垂らし、何やら呪文めいた言葉を呟きだす。

 最初は意味不明としか言えない日常とはかけ離れた言語、だがその呪文の終盤は日頃から人々がよく使いよく知る言葉であった。

「我らが盟に遵い、我が命に従え。汝の名はロッデンハイム、ガルドンモーラの子にして、我が僕。出でよ、汝が主のもと、エンテラの地へ」

 呪文の詠唱を終えた時、怪しげな光を放ち共鳴していた巻物から一粒の種が出現する。

 その大きさは人の拳ほどはあり、色は毒々しく、その形はおぞましさを感じさせる。

「ロッデンハイムよ」

 男は種に語りかけ命ずる。

「この砦にいる武器を持った青い目の男達を殺せ。それ以外の者達には手をだすな。特に東黄人の女がいればその身を守るようにしろ」

 種がまるで言葉を理解しているかのようにどくんどくんと鼓動する。

「それと砦の地下には近付くな。……お前の役目はそれだけだ」

 種が発芽し、瞬く間に成長する。

 人の背丈を超えなお巨大化し、その根は影に溶け砦を覆う勢いで伸びていく。

 怪しく禍々しく巨大な草。

 魔造食人草クチャウ、それがこのロッデンハイムの正体であった。

 クチャウは魔術師がその魔力をもって生み出した生物兵器。その活動時間は陽の落ちた夜の間と決められているが、非常に強力で無知な盗賊が対抗するには多大な犠牲を払う事になるだろう。

 クチャウの根は、通常の草木が地に根を張るように闇影に張ってその長さを伸ばしていく。影の内に伸びる根に気付く事は困難である。

 闇の中を這い伸びる根は標的の知らぬ間にその周囲を覆い、強力な一撃をもって次々としとめていくのだ。

 勿論クチャウには弱点がある。だがこの魔造物のそれを知る賢者は盗賊の内にはいないだろう。

「う、うわぁ!!」

「なんだ!!」

「ぎゃああ!!」

 砦が騒がしくなりだす。ロッデンハイムの殺戮が始まったのだ。

「お前も頼むぞジヌード」

 男は騒ぎの最中、もう一本の巻物より召喚した獣を砦に解き放つ。

 尻尾を持たぬ一爪と一つ目の獣。ヒトツメと呼ばれる魔造犬だった。

 男にジヌードと名付けられたこの獣の四肢は奇妙に折れ曲がっており、一見まともに歩くかも疑わしい。だが獣はその四肢からは想像も付かぬほどの速さで床も壁も天井すらも関係なく駆け回り、盗賊達に次々と襲い掛かった。

「ひっ、化け物!!」

「魔物だ!! 魔物が忍び込んでるぞ!!」

 ロッデンハイムとジヌードの活躍によって砦の混乱はさらに深まる。

 男はその隙に女達が囚われているという地下牢へと向かった。

 道中、二体の怪物に惨殺された盗賊の死体がそこら中に転がっていたが、彼は気にもとめない。それどころか、幾度か遭遇した敵を容赦なく斬り伏せ、血を浴びながら歩を進めていく。

――ここか。

 地下牢の見張りを楽々斬り殺すと、男は入り口の前に立ち、中の様子を窺う。

 ただただ光り無き闇がそこには広がっていた。

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