第2話

「無駄な殺傷は好まんが、お前達に言っても無駄だろう……」

 冷めた目、軽蔑の眼差し。

 さきほどの瞬殺劇を目にしてなお、盗賊達には耐え難いほどの苦痛である。

 怒りが恐怖を消し、判断力を鈍らせ、対峙する相手との力量差を見誤らせた。

「てめぇ!!」

「殺してやる!!」

「死ねぇ!!」

 盗賊達が次々と襲い掛かる。

 が、結果は圧倒的。

 傷一つ付けられず、一人の東黄人の前に盗賊達は屍の山を築く事になった。

「ま、まってくれ。命だけは助けてくれ!!」

 盗賊達の血が飛び散った店内で戦意を喪失した生き残りが懇願する。

 東黄人の男はそんな彼に剣先を突きつけてこう言った。

「よく聞け。この者達と同じ末路を迎えたくなければ、私の質問に正直に答えるんだ」

 静かで落ち着いていながら殺気を含ませた男の言葉に盗賊は必死に頷く。

「山猫は何人いる? 百か二百か? 正確に答えろ」

「わ、わからねぇ。そんな細かい事まで俺は把握してねぇ。……けど三百近くはいる。それは確かだ!!」

「正確に答えろ」

「ほんとに知らねぇんだ!!」

 嘘を付いてる目ではない。

「……お前達のボスはどんな男だ?」

「ダーナン・バブコック。髭面の大男さ。短気で惨忍な男だが腕は確かだ。あんたも強いが奴ほどには見えねぇ。腕力が桁違いだ。あんたも鍛えてるつもりだろうがそんな細腕じゃあの男の一撃は受けきれない。一発で終わりさ」

 もとから青目人には体格で劣る東黄人であるが、このちんけな盗賊がここまで言うのは誇張などではなく真にそれほどの違いがあるのだろう。

「得物は?」

「両刃の大斧。それもそんじょそこらにあるようなでかさじゃねぇ。あんなもの扱えるのはあの大男ぐらいだろうよ」

「他には?」

「他? そぉ言われてもな……。俺は下っ端だ。ボスと親しいわけじゃない」

「……ドルバンの山猫は解放戦争の生き残りとも聞いたが?」

 解放戦争とは二十年近くも昔、フリア東部に存在したアンヘイ王国に対してフリア諸国が連合し戦った、フリア解放戦争の事である。

 元来アンヘイ王国は大陸東の彼方より灰色の地『グレイランド』を通りて現れた東黄人達の国で支配者層は無論の事、国民の多くは東黄系で占められており、ごく一部にその他の人種、民族が点在する小国だった。

 しかし徐々にその勢力を拡大すると、アンヘイ最後の王となる狂王ヌエの登場により、その統治は凄惨を極めたものとなる。

 東黄人至上主義を掲げた狂王は国内の他人種、他民族を弾圧するだけでなく隣国に対する侵略戦争までも強行し新たな支配地でも惨殺と略奪を繰り返し、フリアの地に地獄をもたらした。

 暴走する狂王の振る舞いに対し、フリアの諸国はついに団結し立ち上がり、激戦の末にアンヘイ王国を滅ぼしたとされているのだが、この戦争は後に大きな禍根を残す事にもなった。

 何故ならこの戦争は人種間戦争の面も強く、フリア地方において大多数を占める青目人系、その国家の脅威となった東黄人達の国という構図は差別と偏見が生まれ受け継がれるに十分であったのだ。

 国を失った東黄人は悪魔の魂を持つと忌み嫌われ、新たな支配者となった者達からろくな統治を受けられはしなかった。

 ここザナールも同じである。

 盗賊団ドルバンの山猫が東黄人相手に好き放題暴れられているのも、その規模を別にして単純に取り締まる気が領主達にはないからだ。

 ザナールの東黄人達は棄民にも近い扱いを受けていた。

「ああ、もとはあの戦争で戦った仲間達と始めたって聞いてる。俺は新参だから詳しい事まではわからねぇ。だけどあの戦争の生き残りだ。確かに古株の腕は立つ」

「どんな奴がいる」

「バウアー兄弟は剣の達人だ。あんた程じゃないかもしれんが二人掛かりならどうなるか。ヌミウスという大男もいる。ボスほどじゃないが巨大な鈍器を振り回す力自慢だ。それに直で見たわけじゃないがマッフェムという男は弓の名人らしい」

「魔術に長けた者はいないのか?」

「魔法? 魔法使いがうちの団にいるなんて話聞いた事もない。そんなすげぇ事できる奴がいるならもっと派手に暴れてるはずさ」

 解放戦争では大勢の魔術師が動員された。ドルバンの山猫がその戦争の生き残り達によって結成されたものならば、盗賊だろうが魔法の使える者が何人か混ざっていても驚くような事ではない。

 そして敵として魔術師はもっとも恐ろしく、警戒すべき存在だ。火や水を自在に操り、風を呼び地を揺らす彼らの驚くべき力は剣の達人をしてもそう易々と御せるものではない。

「なぁ俺が知ってるのはこれぐらいだ。……もういいだろこれだけ喋ったんだ、命だけは勘弁してくれ」

「まだだ」

「な、なんだよこれ以上聞かれたって新参の俺じゃ知ってる事なんて」

「アジトはどこだ」

「えっ」

「お前達は今何処をアジトにしている」

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