キングメーカー(KINGMAKER)
マクドフライおいもさん
第1話『ドルバンの山猫』
そこは七つの大陸を持つ世界『エンテラ』。
そしてエンテラ最大の大陸カンヴァスでは人と人ならざる者達が、この広大な大地の上でそれぞれの生活を営んできた。
ある時は離れ、ある時は交じり、ある時は従えて。
時に国が滅び、命が消え、また生まれを繰り返す。
全てを知るには余りに広く、複雑すぎた地に男は立っていた。
大陸北西フリア地方、そこを旅する一人の若者。
物語は彼より始まる。
フリアの東にザナールという国があり、その南東の森の中に、まるで何かから隠れるようにして小さな村がぽつんと存在していた。
そこは静かな場所だった。
いや暗いと言うべきか。
人気は多くないうえ、建物はぼろばかり。土地だけでなく、住む人も、村を囲む森の木々すらもこけて見える。
陽が沈み夜が訪れると、村はよりいっそう物静かに、どんよりとした雰囲気に包まれていた。
雰囲気は人と歴史が作る。
たとえこんな小さなぼろ村であっても、住んでいるのが赤毛の赤楽人であれば陽気な笑い声すら聞こえてきたのかもしれない。
だが、ここに暮らしているのは黒い髪をした貧相な東黄人達だった。
「もう店仕舞いだよ」
村唯一の食事処、その店の女主人は扉を開いた客人の姿を確認する事もなくそう言った。
しかし客人はその声を無視し、足を進める。
「耳がついてないのかい。みりゃわかるだろ閉店だよ、閉店」
歩みを止めぬ客の気配に、ようやく女は顔を上げ自分の店を訪れた人物の姿をその目でとらえる。
「見ない面だね」
そこにいたのは見慣れぬ一見の客。女は怪訝そうな表情を浮かべ客の風体をうかがう。
フードの付いた鈍色のローブをまとう自分と同じ東黄人、若い男だが顔に覚えがない。わざわざ帯剣もしており、この辺りに住んでいる人間ではないだろう。
男は女店主の態度を気にもとめず、そのまま勝手にテーブルについてしまう。
「ちょっとアンタ」
不快感をあらわに女店主が男に注意すると、彼はようやく口を開いた。
「旅の者だ。悪いが食事を用意してくれ、てきとうなものでいいし色も多少つける」
男の言葉に女店主は舌打ちをして目を細める。
「景気よさそうな面に見えんがね。ほんとに金はあるんだろうね」
男は無言で己の腰につけた貨幣の入った小袋を取り出し、彼女に見せる。袋を持つ左手の小指には青い花が印象的な銀製の指輪がはめられていた。
「まぁ、払うもん払ってくれるならいいさ。だけどあんまり期待しないでくれよ。この辺じゃろくなもんがとれないうえに、やっかい事もいろいろとあるんでね」
女店主が料理の準備をする間、男は何をするわけでもなく、ただじっと料理が運ばれてくるのを待っている。
そして貧相な料理が運ばれてくると、それを無言でただひたすらに食し始めるのであった。
――つまらない客だね。
内心そんな事を女店主が考えていると、突然店の扉が蹴破られた。
「ドーンっと、うっす、代金の回収に参りましたぁ」
柄の悪い男達がぞろぞろとそのまま押し入ってくる。その数六人。
――まったく見張り番の奴らは何やってんだい。
押し入った男達の姿を見て、女店主の顔がこわばる。
彼らがこの村の者ではない事は、余所者である男にもすぐにわかった。
東黄人と比べ体格がよく、肌は白い。髪は金に茶と様々な色をしてるが、特徴的な青い目だけは六人に共通している。
青目人。
男達はこの村に住む東黄人とは人種も話す言葉も違っていた。
「ちょっと待っておくれよ。代金たってついこの間……」
多少拙くも女店主は男達と同じ『ユロア語』または『青語』と呼ばれる言語で話す。
「おばさんさぁ、わかってない、わかってないよぉ」
「俺たちはこの店の用心棒してやってるわけ、この店だけじゃない。村の平和も俺達が守ってやってるからこそ、女一人、こんなちんけな店もやってけるわけよ」
男達がにやついた顔を浮かべている。
「そんな事言ったって……」
「用心棒よ、用心棒。危険をかえりみず体はってやってんだよ。命かけてるわけよ、明日にはないかもしれない命。そこんとこわかってる?」
「危険なんてこの村にゃあり」
女店主が男達の言葉を否定しようとした瞬間。
「おっと机が」
「あぁ椅子が大変だ」
「これは霊の仕業かぁ?」
げらげらと下品な笑い声をあげて彼らは思い思いに店の中を荒らし始める。
「やめておくれ、やめておくれよ!!」
女店主がそう懇願すると、男達は動きを止め彼女に尋ねた。
「で、どうなのよ。明日が来ないかもしれない、かわいそうな俺達にコレ払ってくれんの?」
親指と人差し指で丸を作り金銭を要求する青目人の男。
「ああ、払うよ。だからもう店を滅茶苦茶にせんでおくれ」
がっくりと肩を落として女店主は店の奥から小袋取り出すと、それを男達に渡した。
「おうおう、わかればいいのよ、わかればさ」
満足気に小袋を受け取った男。しかしその顔は袋の中身を確認すると同時に様子を変えた。
「あぁん!? 何これ。おばさん、ちょっとこれおかしくないかな」
男が袋を逆さにする。すると、中から落ちた銅貨が音をたてて店の床に散乱した。
「からかってんのかね。いい大人をさ」
百枚近くはあるであろう散乱した銅貨。それでは男達を満足させられないらしい。
「勘弁しておくれ。こんな寂れた村じゃ、日の売り上げなんてたかが知れてるんだ。これで精一杯なんだよ」
「冗談言っちゃいけないよ、おばさん。ないならないでさぁ、ご近所さんに借りるなり、しっかり作ってもらわないとさ」
「そんな……」
当惑する女店主を尻目に男達の悪意が止む気配はない。
そんな中。
「臭っせぇぇぇ、臭っせぇえぇ!! なぁんか臭いと思ったら、臭っせぇ東黄人がもう一匹いるじゃねぇか」
一人の青目人が客として店にいた男についに絡みだす。
「なぁ、兄さんよ。店のおばちゃんが困ってるみたいなのよ。ちっとばかし助けてやってくれねぇかな」
「ちょっと止めておくれ。その人は余所者さ。この村とは関係ないから」
そんな女店主の制止も青目人達には効果がないようで。
「おいおい寂しい事言うなよ、おばさんもさ。同胞だろ同胞。助け合わないと、困ってるならさ」
そう言って青目人の男が席に座ったままの東黄人の肩にその大きな手を置いた。
「あんたもそう思うよな」
にんまりと笑みを作った野蛮な男の顔。しかしそれは一息の間すら持たなかった。
――バシン。
勢い良く青目人の腕がはねた。
予想だにしない出来事。
東黄人の男が己の肩に置かれた大きな手を腕ごとはねのけたのだ。
「て、てめぇ……」
青目の男達が殺気立つ。
「余所者らしいが舐めた真似してるとただじゃおかねぇぞ。まさか俺達『ドルバンの山猫』を知らねぇって事はねぇだろ。頭ついて詫びいれるなら命だけは助けてやろうじゃねぇか」
ドルバンの山猫は青目人達で構成された盗賊団である。
人種の違う東黄人を主に標的としてザナール東部を荒らしまわっており、その規模は盗賊団として非常に大きなものだった。
その名はこの若き東黄人も耳にしていた。
しかし。
「知らないな。山猿の間違いじゃないのか?」
彼はあえてユロア語で男達を挑発する。
「さ、さるぅ!? 東黄人の猿野郎がえらそうに!! もう勘弁ならねぇ!! ぶっ殺してやる!!」
青目人達が武器を抜き、手にする。
短剣から湾曲した大きな剣、棘のついた戦棍と様々であるがそのどれもに殺意が込められている。
「馬鹿な真似はおよしな!! 頭ついて謝るんだよ!! ほら、はやく!!」
殺気だった男達に悲鳴にも近い声を女店主があげる。
「もうおせぇ!!」
だが問答無用と言わんばかりに、湾曲した大きな剣を手にした男が真っ先に斬りかかった。
それを見た女店主の悲鳴が室内に響き渡る。
「ガッ……ハッ……」
どさりと男が崩れ落ちる。
斬りかかられた東黄人の男ではなく、斬りかかった青目人の男がである。
「や、やりやがった!!」
いつのまに鞘から抜いたのか。血に塗れた剣を手にする東黄人の男。その剣身はぞっとするほど黒く、まるで浴びた血を吸う怪物のような禍々しさがあった。
「なんだあの剣!?」
異様をまとう剣に気押され、盗賊達の殺気、その色が変わる。
侮蔑、怒り、余裕、そういったものよりも強い憎悪と恐怖の紛れた殺気。彼らは初めて目の前の東黄人がただ狩られるだけの獲物と違う事を認識したのだ。
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