掌篇 ウマル

ガジュマル

第1話



 夕暮れ時、巨大な太陽が荒野を朱に染めていた。

 礼拝を告げるアザーンがミナレットにとりつけられたスピーカーから流れてきた。

 しばらくして、遠く、コーランが周囲の荒野に朗々とした響きを奏でている。

 数時間前、僕の隣には少年がいた。

 あてもない中東での旅の途中、最初にできた友達だ。

 ウマルという名の少年だった。古代イスラム指導者の名前が示すように、カリスマ性をもった顔立ちをした子供だ。

「なぁ、戦いにいくのはやめないか?」

 私がそう言うと、ウマルは目をとがらせた。

「もう決めたことだ。僕は聖戦に行くんだ」

 何度も交わした会話の変わらぬ帰結に私は口をつぐんだ。

 私はここ二日、ウマルを説得し続けていた。

 先進国の思惑や、この国の……いや政治についての限界に関しての話を、たどたどしい言葉で説明した。そして彼を怒らせてしまうと分かっていても宗教の闇についても語った。

 ウマルは宗教の闇を語る私の言葉を遮ると、お前の信仰する神の名はなんだと聞いてきた。

 私は逡巡した末に無宗教であることを告げた。

 その時に見せたウマルの憐れむような表情が今でも忘れられない。

「もう行くよ」

 この無意味に過ぎた二日間に思いをはせていると、ウマルが凛とした声で言った。

「カーフィル!(邪教徒)お前が好きだ!だからお前の神と仲直りしてくれ!」

 そう言って、笑いながら手を振ると少年は去っていった。

 私は一人になり、膝をかかえながら夕日を眺めている。

 コーランを聞きながら、私は、私の中にいないはずの神に彼の幸福を願った。


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掌篇 ウマル ガジュマル @reni

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