その前日

 明日は恋人の拓実の誕生日だ。

 俊輔は仕事の手を止め、店の鏡に映る自分の姿を見た。


 太い黒縁の眼鏡に、顎に生えた髭。

 拓実と出会った頃とは全く見た目が変わってしまったが、拓実は今の俊輔も好きだと言ってくれている。


「俺も老けたよなあ」


 職業柄か、実年齢よりも若く見られがちな俊輔も、もう三十半ば。

 拓実も明日の誕生日を迎えると、俊輔と同じ三十代になる。


「あれ? 店長、まだ帰ってなかったんですか?」


 鏡に映る顔を見ながら顎髭を撫でる俊輔へ、ほうきを持った従業員の横井が声をかけた。


「明日、拓実さんの誕生日だから、プレゼントを買いに行かないといけないって言ってませんでしたっけ」

「――――あ。そうだった。横井、今何時?」

「ええと、もう十時過ぎてますけど」

「うわー、マジか。もう店、開いてないよなあ」


 自分はバイだと職場で公言している俊輔。

 従業員も常連客も幸い理解のある人たちばかりで、俊輔がたまたま客としてやってきた拓実に一目ぼれして、付き合うことになった時もみんな喜んでくれた。


 あれから五年、それまではふらふらと相手をとっかえひっかえしていた俊輔も今では拓実一筋だ。


「誕生日、明日なんでしょ? どうせ休みだし、明日買いに行けばいいじゃないですか」

「まあ……そうなんだけど」


 本当は今日中にプレゼントを用意して、日付が変わると同時に渡すつもりだったのだが。


(仕方がないか。オーダーだから、取りに行けばいいだけだし)


「プレゼントなんて、物ももちろんですが大切なのは気持ちですよ。おめでとうって気持ちが伝わればそれでいいと思いますけど」

「横井」

「はい?」

「お前、まだ若いのに、俺よりもしっかりしてるよな」

「店長が頼りないと、従業員がしっかりするんですよ。それより早く帰ってください。今日の戸締り俺なんですから」


 店から追い出され、寒空の下、俊輔が空を見上げる。


「大切なのは気持ちかあ……」


 気持ちならもう決まっている。伝えたい言葉も。

 俊輔は「よし」と、小さく気合を入れ、恋人のもとへと足を速めた。

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