内緒のはなし

とが きみえ

内緒のはなし

「お、おじゃまします」


 やや硬い声でそう言うと、さとるは少しだけ背を屈めて俺の部屋に入った。

 背を屈めないといけないほど身長があるわけでもないのに、そんなちょっとした仕草から哲の緊張が伝わってくる。


 小学校からの付き合いで、これまでお互いの家を行き来したことなんて数え切れないほどあるというのに、何を今さらと思う。

 そう思っている俺も今日は朝から念入りに部屋の掃除をしてしまったのだが。


「哲」


 背後から俺が声をかけると、哲は大袈裟なくらいに肩を震わせ、体を強ばらせた。


「そんなところに立っていないで座ったら?」

「あ、うん」


 促され、部屋を入ってすぐのところで所在なげに立っていた哲が、ぎこちない足どりで中へと進む。

 いつもなら迷わずベッドへ腰かけるのに、今日はベッドの方へちらりと目を向けただけで、哲は炬燵の中へ足を突っ込んだ。


「えっと……なにか飲むか? それとも腹へった?」

「や、大丈夫」

「――――そっか」


 今まで俺は哲とどんなことを話していたっけ。

 炬燵に入ったまま背中を丸めてうつ向く哲を見ていると、なぜか俺の頭の中は真っ白になってしまい、言葉が出てこない。

 少し気まずくはあるが決して嫌ではない、どこかくすぐったいような沈黙が俺と哲の間に流れる。


「あ、あのさ」

「哲」


 二人同時に口を開き、思わず目が合うと、哲は顔を真っ赤にしてうつ向いてしまった。


「えっと……哲。お前、目悪かったっけ」

「え」


 哲が顔を上げる。


「だってほら、最近いきなり眼鏡とかかけてるし」


 小さな頃から一緒にいて、目が悪い素振りなんて全くなかったのに、三日ほど前、突然哲が眼鏡をかけて学校にやって来た。

 ひと言「眼鏡、かけるようになったのか?」と訊ねればいいだけなのだが、今からちょうど五日前のとある出来事のせいで、俺はそのひと言を哲へ上手く伝えることができないでいた。




 五日前の放課後、誰もいなくなった教室で俺は哲に「好きだ」と告白したのだ。

 いくら仲がいいとはいえ俺も哲も男で、思いを伝えるのには俺もかなり迷った。

 断られるのは仕方がない。だけど、自分の告白がきっかけで、哲と友達でいられることも出来なくなるかもしれないと思うと正直、怖かった。


 だけど実は哲も俺と同じ気持ちだったと、俺の気持ちを受け入れてくれたのだ。

 緊張で強張っている俺の顔を見て、哲は一瞬驚きに目を瞠り、そしてうつ向くと、真っ赤になって「俺も」と消え入るような声で呟いた。




「え……え、あの」

「うん。だから、眼鏡。視力落ちた? それとも俺とお揃いにしたかったとか」


 俺が照れ隠しに自分の眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、冗談半分でそう言うと、哲は目を見開き言葉を詰まらせた。

 眼鏡が顔の前でずれている。フレームのサイズが合っていないようだ。


「お、お揃いって……や、違っ……え」

「じゃあ、視力が落ちたんだ。哲、ゲームのし過ぎじゃないのか?」

「あの、それも違う」


 それじゃなんで?と俺が訊ねると、哲はややうつ向き加減でぼそぼそと口を開いた。

 耳朶が赤く染まっている。

 その様があまりに可愛らしく、哲の耳元へ思わず手を伸ばしそうになった。が、今ここでそんなことをしたら哲が逃げ帰ってしまいそうな気がして、俺は炬燵の中へ両手を突っ込みぎゅっと手のひらを握りしめた。


「この間、涼太りょうたが俺に……その……す、好きって、それで……あの、俺も嬉しくて」

「………………」

「お揃いだとか、そんな。俺、涼太の眼鏡かけてる顔、ほんとかっこよくて好きだけど、だからってお揃いにしようとか思ってなかった、し」


 と、そこまで言って、哲は俺の目の前で俺のことを「かっこいい」とか「好き」とか言ってしまったことに気がついたようで、あっと口を開けたまま固まってしまった。


「哲」

「わ、わ……いっ、今のなし!」


 哲が慌てた様子で俺に手のひらを向け、顔の前で振る。

 好きなやつからこんな可愛いところを見せられて、大人しくしていられる男がいるはずもなく、俺は炬燵の中へ入れた手で哲の膝頭を軽く撫でた。


「ひゃっ!」

「ねえ、哲。教えてよ」

「な、な、な、なにが……っ!?」


 形のよい丸い膝小僧に指先でくるりと丸を描くと、哲はびくりと体を震わせ潤んだ目を俺に向けた。

 ずれた眼鏡のせいで少しわかりづらいが、哲の目がやめてと訴えている。そのくせ自分から膝を避けようとはしなくて、俺は哲の方へ体を寄せた。

 やっぱり哲は避けようとしない。


「眼鏡。俺とお揃いでもなくて目も悪くないなら、なんでいきなり眼鏡なんてかけたんだ?」

「涼太……俺が眼鏡かけてるのイヤか?」

「――イヤじゃないけど」


 それはそれで似合っているし。

 俺がそう言うと、哲は真っ赤になった顔はそのままで、俺からちょっとだけ体を離した。


「だって俺……これまで好きなのは自分だけだと思ってて。なのに涼太があんなこと言うから。友達でいられたらそれでよかったのに、いきなり涼太が俺の……か、彼氏とか」


 そんなの恥ずかしくて、まともに涼太のこと見れないよ。だから、眼鏡かけた。

 そう続けた哲は俺が今まで見てきた中で最高に可愛くて、愛しくて、俺は哲の側へ詰め寄ると、両腕を掴んで顔を寄せた。


「え、ちょ……涼太っ?」

「哲。キス、していい?」


 哲が目を瞠る。

 そういえば、部屋の暖房を入れていなかったなと、ふと思ったが、そんなの気にならないくらいに俺も哲も体が熱くなっている。


「哲?」


 俺が呼ぶと、哲はおずおずと頷くように顎を引いた。

 哲の手前、余裕のあるふりをしているが、他のやつらが女の子を意識し始めた頃から俺には哲しか見えていなくて。だからもちろんキスも初めてだ。

 俺は緊張で手が震えてしまうのを気取られないよう気をつけながら、目を閉じている哲に顔を近づけた。


 キスまであと少し。鼻先が触れそうな距離まで近づいたところで、俺と哲の眼鏡がぶつかった。

 思わず「あ」と同時に声が出る。


「哲、眼鏡外して」

「え……涼太が外してよ」

「イヤだ。哲と違って、俺はほんとに目が悪いから。眼鏡がないと哲の顔がよく見えない」

「――――見なくていいよ。恥ずかしいし」


 哲がふいと顔を横に向ける。俺は横から覗き込むように首を傾げ「それなら一緒に外そうよ」と哲に言った。


「ん。それなら、いいけど」


 哲のこめかみに触れ、そっと眼鏡を外す。哲も俺にならって同じように俺の顔から眼鏡を外した。


「哲」


 初めて触れた哲の唇は想像していた以上にとても柔らかくて、俺は顔の向きを変えながら何度も哲の唇に自分のそれを押しあてた。


 可愛くて大好きな哲。

 俺の目が悪いのは本当だけど、実はキスするくらいに近づいたら哲の恥ずかしそうな顔がよく見える。

 なんてことは恥ずかしがり屋の哲にはしばらく内緒にしておこうと思う。

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