第2話

 ウェイグ達が騎士団長に就任されて、半年。

 新人騎士団長たちの仕事もだいぶ板に付いてきた頃、軍部からの調査任務で王都から離れた村に2、3番隊は駆り出されていた。今回の任務は軍部からの派遣員も騎士たちに同行するため、大人数になりすぎぬよう騎士の選抜をしよう、としていたのだが。

「団長たちは俺が守ります!!」

「いや俺が!」

「私が!」

 こんな調子で、実力が拮抗している大勢の騎士たちが募るばかりで意志の差で決めようとした自分たちが馬鹿らしくなってくる。

 そもそも、彼らが守るのはウェイグたちではないのだが。

 ルシアはというと負けず嫌いで勝ち気な性格なせいかウェイグよりも沸々と怒りを滾らせているらしく、その手はわなわなと赤くなりながら震えている。思わずぶるりと身震いをしてしまうほどの剣幕であった。

 巻き添えを食らいたくないのでウェイグは自分の隊の団員たちをさりげなく己と共に避難させた。間髪入れず、予想通りの物凄い怒声が響き渡る。 半年も仕事などで接触があれば大体人物が分かってくるもので、鼓膜を破られぬよう耳を塞いだ。 ちらっと様子を窺うと、長い長い説教が始まり、彼女の率いる隊員は皆怯んでしまっている。

 これらの様子を端から見たらさぞ奇妙に違いない。 大柄で体格の良い男女が、ごっこ遊びをしているとしか見えない少女に怯まされて説教を受けているのだから。 本当ならこのまま放置していたいが、出発まで時間が無い。ウェイグは仕方なく宥めに入った。

「あー、のさ、怒る気持ちも分かるけど……任務、そろそろ行かないと……どうせ騎士の選抜だっておれらが勝手に考えて行動しただけだし、別に全員連れて行ってもいいじゃん?」

「ウェイグは悔しくないの!?あんたも子供扱いされたのよ!?」

「慣れてるからかなぁ……あんまり」

 ははは……、と渇いた笑いを溢す。 期待の眼差しを向ける全ての団員たち。 納得がいかないのかルシアはおれをきつく睨むなり踵を返して門に向かう。団員に指示を出すべく、ウェイグは口を開いた。

「……とりあえず、多いに越したことはないし、みんなで行こう。準備に取りかかって!」

「はっ!!」

 威勢のいい返事をすると、団員たちは自分の隊の団員も含め散り散りになって荷物や武器をまとめに行った。

 ルシアは門の前から動かず、ウェイグに視線をあわせようともしない。どうやら、彼女の準備も押し付けられているらしい。ウェイグはすごすごとその場から離れた。



 あまり待たせてはいけないと誰もが思っていたようで、ウェイグがルシアの分の荷物も揃えて門に着く頃には全ての団員が揃っていた。

「ごめんごめん。さ、行こー!」

 荷物を支給された馬に掛けて騎乗し、手綱を引いて門を出る。予想よりも大人数になってしまったが、調査任務でこれだけ団員がいれば心強い。村へは王都を抜けて平原、荒野を越え、森を通過しなければならない。 王都では馬を走らせることはできない為、おそらく野宿が数日続く筈だ。村に着いた時のための金銭を取られたり野生の獣に襲われないようにしっかり見張りをつけるには意外にも大勢で来て良かったのかもしれない。それに、今回のようなちょっとした旅のような任務は正直好奇心が駆り立てられる。だが、ルシアも機嫌はいっこうに変わらず、誰とも話そうとしないのを見かねて、彼女の団員の中でも気が利くことで名が知れている女騎士が市場で買った可愛らしい砂糖菓子を馬を近付けて手渡す。よく見るとその菓子はこのサンドリア王国の一番有名な教会を模しているようだった。

 ラディンエルズ教会。この国で最も信仰されているアレイグ教の聖地とも言われている。国の規模で行われる行事の殆んどはここで行われ、唯一神とされるアレイグ=ローヴァンから希望の恩恵を得る為の儀式も共に行う。滅びた場所を祝いの場所とするのも甚だおかしい話のような気もするが、アレイグの詳細な情報は殆ど存在しないこともあり、拠点を作るには仕方のないことなのだろう。

「美味しい…!この砂糖菓子、すっごく美味しい!」

 どうやら、ルシアの機嫌は直ったらしい。年齢は知らないものの、見た目通りの釣られ方と笑顔を見ると自分もああいう風に見えてるのかとウェイグは残念に思う。

すっかり上機嫌になったルシアはやる気も回復したようで、仕事の話や聞き込み調査の工夫など村に着いてからの行動をどうするのかを相談された。

 調査任務は情報が少ないのが普通なので、報告書に書き込む情報は自分たちで集めた情報に頼ることになる。今回の任務は村の近辺調査であるので、いくらか気楽に遂行できるが、場合によっては危険な場所の調査もあったりするため、調査任務と言えど侮ってはならない。

 王女が軍から貰った情報によると、最近目的地である村の周辺で盗難が度々起こっているという。元々治安が悪い訳でもなく、その上金品ではなく主に食料が盗まれるとの事。

 人か、それとも、他の何か。

 正体がなんであれ、今回はまず情報を集めなければならない。物盗りにしては何かが引っ掛かる。

 ルシアはくどくどと作戦の候補を並べる癖があり、今回も例外なくつらつらと並べていて、聞いているこっちが疲れて聞いていられない。聞き流しているとルシアは一度口をつぐみ、ウェイグの頬をつついて拗ねるように口を尖らせた。

「ねぇ、聞いてる?」

「き、聞いてるよぉ!みんなで聞き込みするんだよねー……?」

「それだけじゃないわよ。村に着いてからの見張りの置き方とか、情報をなるべく正確に集める為に隊員全員質問は統一することとか……」

 言い方が悪かったかもしれない。指を折りながら再び長い説明が始まってしまった。退屈な気持ちを紛らわすように溜め息を吐く頃、目の前に王都の出口となる石の大きな扉が現れた。 門番は二人の顔を見ると重そうな鎖を何度も引いて出口を開く。手綱を勢い良く引くと馬は走り出した。

 今日はとりあえず、草原の中腹まで行ければ上出来だろう。軽快な蹄の音と爽やかな風と真っ赤に染める夕日がウェイグたちの背中を押す。まっすぐ、迷いなく。


 まだ何も知らないことを知らないままに。

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