第一話
第1話
小鳥囀ずる早朝。王宮の庭園の色とりどりの花たちが咲き誇る、春。 昔、ある神が制裁を受けて命を落としたと言われているラディンエルズ教会にて、サンドリア王国立騎士団長任命式は行われた。
「なぁ、聞いたか?2番隊と3番隊の新しい騎士団長……18歳らしいぞ?」
「知ってる知ってる!史上最年少なんでしょう?」
ラディンエルズ教会前中央広場に集まった人々はざわめき、話題はそれで持ちきりだった。
「新しい騎士団長様がご入場なさるぞー!」
誰かが叫ぶと、群衆は一瞬で静まり、入場門に 目を向けた。 たった2人の新騎士団長はどちらもあどけなさの中にどこか凛々しさがあり、騎士団の正装を着た姿には勇ましさが垣間見えた。2人が入場し、教会の御前に跪くと、王女のアリアンタが教会から姿を現した。 つかつかと歩み寄ると、王家の杖を掲げる。
「精霊たちの御名において、新しき時代を築く騎士たちに祝福あれ!」
王女は新騎士団長に言うと、最後に聖水の入っ た杯を差し出した。
あとは、この杯に右の手の平を入れるだけだ。緊張が指先に走る。水面に触れ、そのまま杯の底に届くまで水に浸した。
「新しき騎士団長であるウェイグ=ローヴァンとルシア=バトラーよ、あなたたちの活躍がこの国をよりよくしてくれることを願っていますよ」
アリアンタは頭を垂れる二人に微笑んだ。 この言葉に応えて、新しい騎士団長たちは誓いを告げる。
「はい!我が命に代えましても!!」
堂々とした誇らしげな新騎士団長の誓いに広場は群衆の歓声で沸き上がった。
式が閉会すると、次は王女の別荘にて祝宴が開かれた。 先程見掛けなかった人々はいずれも貴族で、ダンスホールやサロンでの談笑を楽しんでいる。 そんな光景を壁に寄り掛かって見ていたウェイ グは、思わず溜め息を吐いた。もともとウェイグは良家の生まれであったせいかこのようなパーティーには飽き飽きしていた。しかし、自分がメインで開かれているのでは欠席する訳にもいかない。 退屈そうにダンスを眺めていると、勇ましそうな容姿の少女に肩をぽんっと叩かれた。
「ウェイグ。そういえば、あんたどこ出身?」
「なっ、なんで名前知って…!?」
「さっき王女が言ってたじゃない。馬鹿なの?」
突然話し掛けてきた少女――ルシアは、小馬鹿にしたように笑うと、再度出身地を尋ねてきた。少し無神経に感じる。
「人のこと訊くなら先に自分のことを言うのが礼儀なんじゃないかなー……?」
人前にはあまり出さない呆れ顔で言うと、はっと驚いた顔をされた。
「あたしは東のラトランタから来たの」
「お、おれは、西のデルフォード……」
ラトランタと言えば、この国一番の都会である。最近の若者は皆、その街に行くだけで幸せになれると言うのだが……まさかそんな所が出身地だったなど予想だにしなかった。急に自分が田舎者のような気がして、ウェイグはふいっとそっぽを向く。絶対にからかってくるだろう――そう、思った。
「デルフォード!?あののどかなとこ?うわぁ、 いいなぁ、羨ましいよ」 「へ?あぁ……うん……」
ところが、ルシアはからかうどころか羨ましがってきた。 あまりの予想外な返事に拍子抜けしてしまった。
「お父様が別荘として、環境がいいからって住ませてくれたんだー。おれにとってはラトランタがよかったんだけどねー」
「えっ、ラトランタの方がいいって……あんたね、あそこが良く見えるのはうわべだけよ。 う・わ・べ・だ・け。近頃じゃどんどん物騒になってきちゃって……」
ルシアは呆れたように溜め息をつく。 上部だけとはどういうことなんだ、と言いかけたとき、背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「こんにちは。貴女が新しい騎士団長のルシア=バトラーさんですね?」
「あ、兄貴!?」
背後から声を掛けてきたのは、ウェイグがよく見知った実の兄のグレイヴだった。自分とは対称的な黒髪を左肩に寄せ、唯一の共通点である赤目を細めている。
「兄貴……来てくれてたんだね……」
「任命式からずっと、勇敢そうなルシアさんのことを見ていましたよ?これから仕事などでいろいろ忙しいとは思いますが、頑張ってくださいね?」
盲目的に慕うウェイグと、それを無視して張り付いた笑みをルシアに見せるグレイヴ。相手になどされていないのは明白だった。
「ずっと?……気持ち悪っ」
だが、ルシアがグレイヴに返した言葉は喜びのそれではなく、真っ直ぐで率直な批判だった。 この言葉には流石にグレイヴも作り笑いによって細められた瞳を瞬かせた。無理もない。グレイヴはあくまでルシアが喜ぶ筈の言葉を言ったつもりで、まさか悪口に匹敵する言葉を聞かされるなど考えていなかった。怒りが浮かぶことはなかったものの、あまり良いものではない。深呼吸を密かにしているのが見てとれた。
「すみません、不快にさせてしまって……。あの、大変厚かましいとは思いますが、同じ仕事仲間として使い物にならない弟をよろしくお願いしますね。では、私はこれで」
それだけを告げるなり終始笑顔のまま去って行った。
グレイヴが人混みで見えなくると、ウェイグはルシアを振り返る。 自分の兄に対しての暴言に何か反論してやるつもりでルシアの顔を見たが、彼女の目が真剣な眼差しで自分に向けられていたのですっかり覇気を削がれてしまった。 ウェイグがルシアをなんとも言えない顔で見つめていると、ルシアが口を開いた。
「ねぇ、ウェイグ。あんた、あんな風に言われて悔しくないの?」
自分の心の奥底まで見つめるような瞳のルシアはまるで自分のことのようにウェイグに質問する。
「悔しくなんかない。兄貴は、グレイヴはそれが当たり前、だから……」
仕方の無いことだと思いつつ、俯く。 自分でも、本当はもっと大切にされたいとは思う。でも、それがけっして叶わぬ願いなのだと知ったときから諦めていた。
「なんで?そんなの、おかしいじゃん。どうして理由も分からないくせに……」
「ルシアには関係ないじゃん!!何も知らない部外者は引っ込んでてよ!!」
ルシアの言葉を遮って、涙目で吐き捨てるように叫ぶ。ウェイグは何事かとざわめく人々の中を掻い潜って会場から逃げるように駆けた。 遠くで自分を呼ぶルシアの声が聞こえた気がしたが、立ち止まることなく走り続けた。
「はぁ……なんでこう、おれってすぐにむきになっちゃうんだろう……」
2階テラス。そこにウェイグは辿り着き、満天の星空の下で独りごちていた。 あんなに怒ったのはいつぶりだろう。これから共に任務を遂行していく者だとい うのに――。 これでは気まずさが倍増しただけではないか。 自らの未熟さに呆れながら、今ならまだ謝罪一つでやり直せるだろうかと思っていると、 息を切らせたルシアが現れた。
「早っ!!」
「まったく……話の途中でちょろちょろと逃げ回らないでよっ!」
ガシッ、とウェイグの右肩を掴むと、ルシアはペットを叱るような口調でウェイグに文句を言う。大勢の人々を押し退けてまでして駆けつけたことは、額にうっすらと浮かぶ汗で分かる。
「……ごめん」
なんと応えればいいのか分からず、とりあえず謝る。迷惑をかけたことには違いない。おどおどした様子のウェイグに、呼吸が整ったルシアは首を左右に小さく振り、こう言った。
「いいの。あんたとあんたの兄貴のことなんて、正直あたしには本当に関係なかったよね。でも、これからの仕事仲間として、もしもあんたが不憫な思いをしてるならできる限り助けてあげたい」
ルシアは照れ臭そうに笑うと、広げた両手でウェイグを抱き締めた。顔が火照っているのか、背中に汗が伝う。
「う、ぁ、ありが、と……。これからよろしく、ね……?」
なんとか絞り出した声は震え、ルシアにくすりと笑われた。
「よろしく、ウェイグ」
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