ラディンエルズ教会の鐘の音

桂川 環

序章

夕暮れ、無人の広場。青年はひたすらに駆ける。揺れる長髪を鬱陶しそうに後ろへ後ろへ追いやる。顔にへばりついて酷く邪魔だった。青年は天の者であった。しかし、最早彼に天に存在できる力など存在していない。地上の人類に『神』と称された青年。今では人類と何一つ変わらない。

「罪深き神に永久の眠りを――」

ぐらり、視界が眩む。歪な世界。背にした石畳はひやりと背筋の熱を奪っていく。身体全体が凍った。心臓を鋭利な刃物で一突きされたらしい。目の前の人物はにたにた笑う。青年は全てを手放す。誰かへの思いも、何もかも。自然に笑みが溢れた。

「……さよ、なら。愛しい……セカイ」

青年の命は静かに、呆気なく消えていく。錆び付いた重い金属音が辺りに広がる。広場のラディンエルズ教会の鐘が鳴った音だった。まるで、死を悼むように、解放を祝福するように。

セカイもまた、微笑みを浮かべた。

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